疑似保育

タソガレドキ軍忍組頭から聞いた話は、伊作と澄姫の判断ですぐさま学園長と教師陣、そして上級生に伝えられた。
特にいろはを孫のように可愛がっている学園長は、カッと目を見開いてすぐさまドクササコの動きを探れと忍務を言い渡した。の、だが…

「いやぁあああああ!!いっちゃんもいくぅううう!!!」

ぎゃあぎゃあと泣き喚き、澄姫の装束を掴んで離さないのはいろは。顔を真っ赤にして一緒に行くと言って聞かない。

「…っても、こればっかりはなァ…」

溜息混じりに留三郎が呟くと、隣で伊作も困ったように笑った。

「さすがに危ないし、かといって僕たちだけで行っても人手が足りないし…だからって連れて行くなんて出来ないし…」

悲痛な泣き声に心を打たれながらも、流されるわけにはいかない。6年生たちはどうしたもんかと困り果てていた。
その時、泣き喚くいろはを抱いていた八左ヱ門が、べり、と強引にいろはの腕を掴んで彼女の装束から引き剥がす。

「澄姫先輩、俺たちが責任持って面倒見ますから、もう行ってください。これ以上いるとますます泣くと思うし、誰か絆されかねないんで」

じたばたと暴れるいろはを何とか抱えて、八左ヱ門は苦笑しながら一歩下がった。澄姫と長次は頷き、すぐ戻るからねと一言残し、6年生たちは一瞬でその場から姿を消した。

「やーーーー!!!いっちゃんもっ、いっちゃんもいくのぉおお!!!とーしゃま、かーしゃま!!うっ、うあぁぁぁぁあん!!!」

持てる限りの力で泣き喚くいろはを見て、八左ヱ門はごめんな、と苦笑いしかできない。多少乱暴ではあるが、いろはのことを考えればいい判断だと、彼と共にいろはの面倒を頼まれた5年生たちは思った。

「さーてと、もう泣くなよ。すぐ帰ってくるって。それまでいい子に俺たちと待ってようなー」

「うぅぅぅ!!ひっく、はっちゃん、きやいっ!!やぁーーーー!!!」

「お、おほー…すっげぇ傷付く…泣いちゃいそうだ…」

いろはの一言にぐっさりと心をやられた八左ヱ門がそう言って泣き真似をすると同時に、いろはの体がひょいと持ち上げられた。

「あんまり泣くと熱が出るぞ、いろは」

そう言っていろはを抱えたのは三郎。親友である雷蔵の顔で、彼とは少し違うニヒルな笑みを浮かべて、いろはの脇の下に手を入れてその小さな体を抱え上げる。
ぐずぐずと大粒の涙を流しているいろはだが、ほんの少し気が紛れたのか喚くのはやめた。それを見て、三郎はしめたと笑い、その場でくるりと回った。

「ひっく、……ぇはは…」

それがよかったのか、いろははようやっと泣き止み、微かに笑った。

「あはは、泣いたカラスがもう笑ったね。すごいや三郎」

雷蔵の言葉に、5年生全員がほうっと安堵の息を吐いた。今回の6年生の忍務はドクササコの動きを見ること。長く見積もっても五日以内には戻ってくるだろう。
そう矢羽音で交わし、彼らはいろはの機嫌が悪くならないうちに食堂へ向かった。


いろはの面倒は当番制で行うことになった。
食事は兵助、遊ぶのは勘右衛門、寝かしつけるのは雷蔵、そして、思い出したようにぐずりだしたら三郎と八左ヱ門の出番。
三郎は得意の変装でいろはの気を逸らし、八左ヱ門は山犬の栗と桃のところへ連れて行く。

そんなこんなで何とか三日間は乗り切れたのだが、四日目の夜、どうしてもいろはが泣き止まず5人は途方に暮れていた。

「わぁぁああ、ひっ、うあぁぁぁぁん!!とーさま!!かーしゃまぁぁぁ!!!」

「いろは、いろは、お豆腐食べようか」

「いい子でねんねしたら、明日勘ちゃんとおもちゃ買いに行こう、ね?」

「ほら、いろはちゃんの好きな御伽草紙読んであげるから、ごろーんってしよう?」

兵助、勘右衛門、雷蔵がさまざまなもので宥めすかしても、留三郎作の可愛らしいアヒルさん柄の寝巻きを握り締めて火がついたように泣き続けるいろは。

「困ったなぁ…ハチ、どうしよう?」

幸い泣き声に苦言を言う者はいないが、このままでは辛いのはいろはだ。雷蔵に袖を引かれた八左ヱ門はガシガシと頭を掻いて、泣き続けるいろはをひょいと抱き上げた。

「しゃーねぇ、ちょっと飼育小屋まで行って来るわ」

そう言ってひらりと手を振り、部屋を出て行く八左ヱ門。栗と桃に慰めてもらえば大丈夫だろうとホッと胸を撫で下ろした3人だったが、三郎だけは何かを考えるようにじっと床を見つめていた。

暫くして、ひょこりと戻ってきた八左ヱ門。だがしかし、彼の腕の中からは疲れ果てても尚泣き続けるいろはの声が聞こえていた。

「わりぃ、だめだった。栗と桃が疲れ果てちまったよ」

お手上げです、といわんばかりに肩を竦め、いろはを布団に降ろしてぐったりと壁に凭れ掛かる八左ヱ門に、3人がそれぞれ労わりの言葉をかける。

「ひっく、ひぃっく…とうしゃま…かぁしゃまぁ…」

えぐえぐと泣きながら小さな手で目元を擦るいろは。すると、三郎が突然いろはをごろりと寝かせた。
突然の行動に驚いている4人をよそに、三郎はちょいちょいと彼らを手招きしていろはの枕元に呼んだ。

「お前ら、そんな困った顔するな。だからいろはが不安で寝られないんだよ」

ぽんぽん、と優しくいろはの腹を叩きながら、ぐるりと取り囲むように顔を覗き込む。
にこりと、雷蔵と瓜二つの笑みを浮かべ、三郎がいろはを見た。それを見習い、雷蔵もほわんとした笑顔をいろはに向ける。
すると驚いたことに、いろはがひくりと泣き止んだ。

「わ、すごい!!泣き止んだ!!」

「本当だ…」

いろはが泣き止んだことに嬉しくなったのか、自然と笑みを浮かべる勘右衛門と兵助。そして、疲労困憊の八左ヱ門も何とか体を引き摺って、にかりと笑う。

「ひっく………、…ぇへー…」

5人の笑顔を見て安心したのだろうか、それとも泣き疲れたのか、いろははすぐにとろんとしだし、そのまますぅすぅと眠った。
それを見た5人は大きく大きく息を吐き、それぞれ顔を見合わせてくすくすと小さな声で笑った。

「すごいな、三郎」

「ほんとほんと、意外すぎてびっくりしたけど」

「勘右衛門は一言多いんだよ」

兵助の素直な賞賛と、勘右衛門のちょっと素直じゃない賞賛に、三郎はふいとそっぽを向いた。それを見てくすくす笑い出したのは雷蔵で、その笑みに何か含みを感じた八左ヱ門は彼にどうかしたのかと問いかけた。

「三郎ったらね、空いた時間にちょくちょく育児書で勉強してたんだ」

「雷蔵っ!!」

咎めるように大きな声を出した三郎の口を、4人の手が一斉に塞いだ。




翌日の夕方、やっと戻ってきた6年生たちが学園長への報告もそこそこに食堂へ駆けつけた。
いい子でお留守番できた?と問い掛ける澄姫にしがみついて離れないいろはをそっと撫で、長次が5年生たちにありがとう、大変だったろう、と声を掛けると、勘右衛門、八左ヱ門、雷蔵、そして珍しいことに兵助までもがニヤニヤと三郎の活躍を事細かに話した。
それを聞いて驚きに目を見開く6年生たちだったが、それは将来いい父親になれそうだなという仙蔵の一言で照れた三郎に、全員が楽しそうに笑った。

余談ではあるが、それ以来いろはは三郎のことをはっちゃんと呼ぶようになり、はっちゃんからハチ呼びに格下げされた八左ヱ門は相当落ち込んだそうな。



−−−−−−−−−−−−−−−
三郎が夜な夜な育児書とか読んでるの想像したら滾った。紙一重の天才は興味があることに対しては一所懸命です。そして八左ヱ門が不憫すぎるw仕方ないのよ、誰かが汚れ役やらんとね…
うり様、リクエストありがとうございました



[ 117/253 ]

[*prev] [next#]