一世一代

※平家捏造しまくり注意



蝉の声を聞きながら、賑やかしい町を通り過ぎていく。
目の前を歩くのは、サラサラと絹のような髪を靡かせる恋仲と、その弟。
先日学園長先生の突然の思い付きで夏休みを賭けた課題が行われ、私は好機とばかりに、前々から考えていたことを彼女に打ち明けた。
季節は夏。これがきっと、あっという間に冬になる。そうすればもう、私たち6年は学園を卒業し、プロの忍者になる。
常に死と隣り合わせの世界。本当はずっと前から考えていたことなのに、つい結論を先延ばしにし続けてしまっていた。
悩みに悩んだ末、私は結局彼女を手放すことなどできないと、そう結論を出し、彼女に…澄姫に、共に生きてくれと、申し出た。
幸せに出来る保障などありはしないのに、それでも彼女を手放せないとは、なんてひどい男だと自分でも思う。
だがしかし、それでも彼女は、泣きながら承諾してくれた。

そんな物思いに耽っていると、少し距離が開いてしまったらしい。前方から涼やかな声が聞こえて、私は顔を上げた。

「長次、もうすぐよ」

「……あぁ…」

小さく返事をしてから少しだけ歩を早める。
町を抜け、川を渡り、やっと彼女たちの実家に辿り着いた頃には、もう夕暮れも間近だった。
道中、水分をまめに取ったはずなのに、それとは違う喉の渇きを感じる。
ぐ、と無意識に拳を握り締めたら、そっと澄姫が寄り添ってきた。
がらにもなく緊張していることを悟られたのだろうか、少し恥ずかしくなる。
彼女と顔を見合わせて、小さく笑い合う。一連の私たちの仕草を見ていた滝夜叉丸が目を細め、扉を開けた。

「父上、母上、只今戻りました」

よく通る声でそう言うと、広い土間の奥から美しいご婦人が顔を覗かせて綻ぶように笑った。

「まぁまぁ、滝夜叉丸、おかえりなさい。澄姫は一緒ではないの?」

「姉上もおりますよ、母上」

滝夜叉丸はそう言うと、一足先にとことこと家の中へ入っていった。彼の背中が見えなくなると、澄姫は一歩土間に入り、喜ぶ母親ににこりと笑い頭を下げる。

「母上、只今戻りました。急で申し訳ないのですが、今日は折り入って大事なお話がございます」

「あらあら、なにかしら?改まって」

「実は、父上と母上にご紹介したい殿方を連れて参りました」

彼女の言葉を聞き終わり、私はひとつ深呼吸をして、一歩土間に踏み込んだ。
どくどくとうるさい心臓。初めての忍務の時よりも、強敵と対峙してしまった時よりも、…と言うか、今まで生きてきた中で一番緊張する。
普段は問題ないからとつい甘えてしまうが、今日、今、この時だけは絶対に失敗できない。彼女の両親に、しっかりと認めてもらわねば。
小声にならないように気をつけて、私はしっかりと頭を下げた。

「…夜分に突然申し訳ございません。中在家長次と申します」

そう言ってゆっくりと頭を上げると、呆然とした彼女の母と目が合った。
生みの親だけあって、彼女や滝夜叉丸と目元がそっくりだ。2人とも母親似なのだろうか?いやいや、今はそんなことを考えている場合ではない。
暫くの沈黙の後、彼女の母は大慌てで家の中に駆け込んでいった。

「…やはり、突然失礼だった…だろうか?」

不安になり、隣に立つ彼女にこそりと問い掛けると、何故か彼女はふるふると震えながら大丈夫だと呟いた。…笑っているのか?

そんなことを話していると、奥からばたばたという足音が聞こえてきて、私は反射的にそちらを向いた。

「澄姫が婿を連れて来たと言うのは本当かァァァァ!!!」

「あなた、あなた落ち着いてください!!折角の婿が逃げてしまいます!!」

どたーん、と激しい音を立てて土間に現れたのは、きりりとした眉が印象的の男性…おそらく、この人が彼女の父なのだろう。言い方からして、一筋縄ではやはりいかないのだろうか。だが、もとより許しを得るまで何度も通うつもりだったので、私は先程と同じように頭を下げた。

「…夜分に申し訳ございません。中在」

「そんなことはどうでも良い!!」

名乗っている途中で、言葉を遮られる。娘を浚っていく男の名など知りたくもないと、そういうわけなのだろうか。
ほんの少しだけ気落ちしていると、突然ぐいぐいと腕を引かれた。出て行けということだろうかと思い顔を上げると、何故か満面の笑みの彼女の父が私の腕を引き家に引きずり込もうとしている。これは一体どういうことだろうか。

「さあさあ婿!!疲れたろう?早く上がりなさい!!」

「…ぇ、…ぁ…の?」

「なぁに、遠慮することはない!!もう自分の家だと思って寛いで下さればいい!!」

豪快に笑って、それでもしっかりと私の腕を掴んで離さない彼女の父に戸惑いを隠せない。困り果ててしまい澄姫を見ると、彼女は彼女でニヤニヤしていたので助けを求めるのをやめておいた。

ぐいぐいと腕を引かれるまま中に通され、囲炉裏の前にぐいと座らされる。彼女の父は私の正面にどかりと座り、やはり満面の笑みでお茶を勧めてきた。

「いやー、あのはねっ返りがこんな男前の婿を連れてくるとは!!滝、滝夜叉丸!!お前もこっちに来て義兄に挨拶せんか!!」

「父上、私は姉上とそちらの中在家先輩と共に道中来ました」

「そうかそうか!!先輩!!ということは君も忍術学園の卒業生なのかな?」

「違います父上、中在家先輩は姉上と同じ6年生です」

「そうか!!6年生か!!いやー、貫禄もあって、さぞ頼りになられるのでしょうなぁ、はっはっは!!」

想像していたのと真逆の反応と対応をされ戸惑っていたが、なんとなく、彼女の父が同室の彼に似ているなと思い、肩から力が抜ける。
その後、彼女の両親に大量の料理と酒を振舞われ、夜も更けた頃、彼女の母が客間に布団を敷いてくるよう澄姫に言いつけた。
彼女が部屋から出て行くと、ふと、沈黙が落ちる。
私はここぞとばかりに、姿勢を正して彼女の両親に向き合った。

「…どうもご馳走様でした」

まず、もてなして頂いたことへの挨拶をすると、彼女の母は嬉しそうに、久々に腕を揮えて嬉しいと笑った。

「…実は…本日は、大事なご挨拶に伺いました。私は、お嬢さんと…澄姫さんと、所帯を持ちたいと思っております」

そう言うと、彼女の両親は顔を見合わせて、急に姿勢を正した。

「私も忍者になる身、いつこの命を落とすかわかりません…それでも、彼女と共に居たいのです。どうか、お許しください」

深々と頭を下げると、間髪いれずにぐいと体を起こされた。

「聞いたか母さん!!本気であのじゃじゃ馬を貰ってくれるらしいぞ!!」

「えぇえぇ、しっかり聞きましたとも!!やりましたねあなたぁぁ!!」

顔を上げた先では、彼女の両親が涙を流して喜んでいた。…本で読んだものだと、こういう挨拶の時は父親に怒鳴られ殴られる覚悟で、とあったのだが…。
彼女の実家に来てから戸惑い尽くしの私が小さく首を傾げると、彼女の両親はゆっくりと、私の知らない澄姫のことを教えてくれた。

「はっはっは、親の私たちが言うのも何ですが、あれは器量もいいし美しい。だからか、十になる前から縁談の話がひっきりなしに来ていたんです。しかしお恥ずかしながら、小さい頃から見た目に反してじゃじゃ馬でで…本来は行儀見習いとして忍術学園に入れたのですが、立派なくノ一になると言い出しましてねぇ…」

くい、と杯を傾けながら、彼女の父は懐かしむように目を細めて微笑んだ。

「勿論その間、縁談の話は絶え間なくありました。あれが十三くらいでしょうか、一度縁談相手が尋ねてきたことがあったのです。でもねぇ、会わせたらまぁ酷い酷い。一回りほど年上の男を完膚なきまでに叩きのめしてしまったんですよ」

それを聞いて、く、と眉間に皺が寄る。
そうだ、仙蔵から聞いた覚えがある。あの頃はまだ顔見知り程度だったが、共に学んでいるくノ一教室の女子がえらく不機嫌で仙蔵と文次郎からそれぞれ火薬の取り扱いや実戦の動きを学んでいたと。
好戦的な女もいたもんだとその時は思ったが、今聞くと笑える。

「でもね、それから縁談が減るかと思いきや、これがどんどん増えるんですよ。でも全部返り討ち。余りにも酷いもんで、一度聞いたんです。嫁に行く気がないのかと。そうしたらあのじゃじゃ馬、嫁ぎ先はもう決めてるっていいやがりましてねぇ…」

空いた杯に酒を注ぎ、黙って彼女の父の話の続きを待つ。すると、口を噤んだ父親の代わりに、彼女の母がくすくすと笑いながら口を開いた。

「あの子ねぇ、十二の時にはもう好きな人がいたんですって。こっそり教えてくれたの。だから、その人以外に嫁ぐ気なんてないって…子供だ子供だと思っていたのに、もうお嫁にいっちゃうのねぇ…」

しんみりと、それでも穏やかに、彼女の母は呟いた。言葉を返せなくて、私が黙っていると、水仕事でか少しガサついた暖かな手で、私の手をとった。

「長次さん、だったわよね?あの子を、どうぞよろしくお願いします」

「じゃじゃ馬のはねっ返りですが、根は優しいいい子なんですよ…」

微かに潤んだ彼女の両親の瞳を見て、私はしっかりと頷いた。







翌日、すっかりお世話になってしまったお礼を言って、私も実家に顔を出そうと彼女の家を出た。
そこまで見送ると言ってついてきた澄姫とそっと手を繋ぎ歩いていると、彼女が小さく笑い始める。

「…まったく、揃って人のことをじゃじゃ馬だのはねっ返りだの好き勝手言ってくれるわよね?」

「……愛情、故だ…」

「そうかしら?…ねえ、長次。私の武勇伝を色々と聞いたのでしょう?幻滅した?」

「…いいや」

「本当に?」

「…本当だ。それに、私の知らない澄姫の話が聞けてよかった…てっきり、5年の時からだと思っていたから…」

くっと下がる口角をそのままに、彼女をちらりと見る。すると、彼女は恥ずかしそうに頬を染めて、ほんのり眉を下げて笑った。

「そうよ?本当はね、2年生の頃からなの。長次が縄標の練習をしている時の姿をね、ずっと見てたのよ」

気付くのが遅いと楽しそうに笑う彼女に、そうか、と返すと、彼女もまた小さくそうよ、と頷いた。
事実は小説より奇なり、とはよく言ったものだ。
私と澄姫はきっと、どの恋物語よりも恋物語らしいだろう。




−−−−−−−−−−−−−−−
知識はあっても緊張はするものです。だがしかし長次はやるときはやる男!!でもあんまり甘くはないですね…
匿名希望様、リクエストありがとうございました




[ 88/253 ]

[*prev] [next#]