勉強会

サラサラと紙の上を滑る筆の音が聞こえる部屋。
今日は珍しいことに、6年生全員で勉強会。本来はいけないのだが、暗黙の了解で澄姫も勉強会会場となった6年い組コンビの部屋を訪れていた。

「…想定の範囲内だな」

小さく呟いた仙蔵が、ちらりと長次を見る。長次も同じようにちらりと視線を動かして、3人揃って部屋の扉を見た。
そう、3人。これこそが、仙蔵の言う想定の範囲内である。
勉強会を始めた直後、初めに小平太が気分転換してくると言って外に出て行ったきり戻らない。
そのすぐあと、案の定というかなんと言うか、文次郎と留三郎が喧嘩を始め、ちょっと決着つけてくると言って出て行ったまま戻らない。
その喧嘩を止めようと出て行った伊作も…恐らくどこかで不運に見舞われたのだろう、戻らないまま今に至る。

「…ん?長次、ここ教えてくれるかしら?」

「………ここは…この文章の応用だ…」

「あぁ、成程。ありがとう」

だがそんなことお構いなしとでも言うように、澄姫は長次に教えを乞い、長次もまた丁寧に彼女に教えていた。
仙蔵はその光景をじっと見て、不意に口角を吊り上げた。

「…なぁ、長次。実は先日町で南蛮の言葉の本を買ったのだが、わからん場所がいくつかあってな。よければ教えてくれんか?」

にこにこ、というよりはニヤニヤした仙蔵が長次にそう言い、文机の引き出しから一冊の本を取り出した。南蛮の言葉の本、ということもあり、長次も澄姫も興味津々である。

「仙蔵でも理解できないなんて、相当難しいのね」

「そうでもない。私はどちらかと言えば理系だから、きっと文系の長次ならわかると思うぞ?」

彼女の言葉にゆったりと首を振り、同意を求めるように長次を見る。すると、長次は仙蔵の言葉に首を傾げた後頷いた。
それを皮切りに、それぞれ忍たまの友とくのたまの友を片付け、代わりに机の中央に南蛮の言葉が書かれた本を広げた。

「へぇ、南蛮は文字を横に書くのね。それに図も書いてあるわ」

「それは言葉の意味を書いてあるらしい。例えばこれなら挨拶、こっちはそれぞれの名前だ」

まじまじと本を見て面白そうにはしゃぐ澄姫に、仙蔵がぱらぱらと本の貢を捲っていく。
そして、ある貢を開いて、長次の目の前にずいと突き出した。

「長次、ここだ。“あるふぁべっと”というものは覚えたのだが、ここの読みがわからなくてなぁ」

ニヤニヤからとうとうニタニタという顔になった仙蔵がそう言うと、長次は本を受け取り、その貢を見て、うっすらと頬を染めた。

「………必要、ないだろう…」

「いやいやそれはわからんぞ。理解していて損ということはないしな」

仙蔵の悪戯心に気付きながらも、後々の勉強のためと言われてしまい、長次は渋々と言った具合に紙に文章を書き写し、その下に平仮名でルビをふってやった。
どんな羞恥プレイだと思いながらも、根が真面目な長次はその貢の文章と振り仮名を全て書き終わり、仙蔵に紙を差し出した。

「………これで、いいだろう…」

全身から勘弁してくれというオーラを醸し出している長次を見てご満悦な仙蔵は必死に笑いを堪えながら彼から紙を受け取った。
だがしかし、長次の本当の羞恥プレイはここから始まってしまう。

「ちょっと、私にも見せて。えっと…あい、らぶ…ゆー?まりー、みー?これってどういう意味なの?」

仙蔵がわざとゆったりとした仕草で紙をしまおうとしたところ、すっと細い手が伸びてきて紙を引っ掴んで奪った。
そして、あろうことか彼女は長次の書いたルビを音読し始めたのである。
意味がわからないので、恐らく理解しているであろう長次に問い掛けた澄姫。ただ単純に、ふとした疑問程度で問いかけたのだろうが、意味を理解している長次には効果絶大。
真っ赤になる長次とは裏腹に、仙蔵はもうおかしくておかしくて仕方ないという表情。

「ぷりーず、きす、みー…れっつ、はぶ、せ…むぐッ!!」

「はははははは、はははははは!!」

意味がわからないまま音読を続ける澄姫が過激なことを口走り始めた瞬間、長次が大慌てで彼女の口を覆った。それを見て仙蔵はとうとう大爆笑。
1人意味が全然わからない澄姫は、突然のことに目を白黒させていた。

「…ッ、悪戯が過ぎるぞ、仙蔵…」

「はははははは、いや、すまんすまん。いやしかし、やはり無知は怖いなぁ長次?」

実に楽しげな仙蔵のその言葉に、長次はぐうの音も出ない。確かに、これの意味を知っていれば彼女は絶対に音読などしなかっただろう。
お詫びに茶でも持って来ようと、部屋を出て行った仙蔵を苦々しげに見送った長次は、ふとぺちぺちと手を叩く感覚にはっとした。

「す、すまない…忘れていた…」

「ぷはっ!!はぁ、はぁ…」

息も絶え絶えな澄姫に申し訳なさそうにそう謝ると、彼女は大丈夫よとでも言うように手を振り、ゆっくり呼吸を整えた。

「はあ、びっくりした。それで、さっきの意味って結局何なの?」

珍しく無垢な澄姫のその表情に、長次は再度、頬を染める。
いくらはぐらかしてもしつこく聞いてくる彼女にとうとう折れ、長次は普段以上に小さな声で意味を教えてやった。

「………」

「え?ごめんなさい、聞こえなかったわ」

「〜〜〜〜〜〜…!!」

内心少しだけ、知っててわざとやってるんじゃないのかという疑問が生まれたが、きっと知らないが故に聞いているんだろうな、と長次は溜息を吐く。
そして、恥ずかしさのあまりぎゅっと彼女を抱き寄せて、その肩口に顔を埋め、再度口を開いた。

「…貴女を、愛しています…私と、結婚してください」

そう呟くと、彼女の体が大袈裟なほど震えた。

「口付けして…さぁ、私と子作「きゃぁぁ!!も、もうわかった!!」……そうか…」

彼の言葉を遮るように、澄姫は悲鳴を上げて真っ赤になった顔を両手で覆う。魅惑の重低音が腰にキたらしく、長次に抱き寄せられたまま彼の膝の上にぺたりとへたり込んでしまった。

「だ、だから仙蔵の奴あんなに笑ってたのね…!!」

真っ赤な顔で憎らしそうに唸る澄姫の姿を見て、仙蔵ほどではないが少しだけ“男の子のさが”が鎌首を擡げた長次は、わなわなと怒りに震える澄姫の唇をべろりと舐めあげる。

「……成程、新境地が、見えそうだ…」

いつも強気な彼女の瞳に浮かぶ羞恥を見て、彼は小さく呟き笑った。



−−−−−−−−−−−−−−−
仙ちゃんは別にセクハラが好きなわけでなく、長次の苦手なジャンルをあえて利用した確信犯です。というかそんな卑猥な南蛮の本をほいほいと買えてたまるか。
匿名希望様、リクエストありがとうございました



[ 86/253 ]

[*prev] [next#]