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そんなこんなで無事に各委員会に挨拶を済ませたいろははすっかり学園のアイドルと化し、廊下を歩けば囲まれ、退屈そうにしていれば構われ、放課後は各委員会から遊びに来いと誘われ、食事の時は誰が相席するかで揉めに揉めた。

そんな楽しい日々を暫く過ごしていたある日、医務室で伊作と遊んでいた時のこと。

「いしゃっくん、いしゃっくん、これはなんのおすくり?」

「これはお熱を下げるの、こっちはお腹が痛いのを治すもの。あとねいろはちゃん、『おすくり』じゃなくて『おくすり』ね?」

「おすくり?」

「お、く、す、り」

「おす、おすくり?」

「うんじゃあもうこれからはそれでいこう」

「伊作、貴方それでいいの?」

「澄姫。いろはちゃんの可愛さの前では、日本語なんてどうだっていいんだよ」

いつもの柔らかな笑顔でとんでもないことを言い出した伊作に思わず額を押さえていると、がらりと医務室の扉が開いた。

「やあ、こんにちは」

のそりと現れたのは黒装束と包帯の大男、タソガレドキ軍忍組頭の雑渡昆奈門だった。いろはが慌てて伊作の背中に隠れると、いらっしゃいと微笑んでいた伊作の瞳がすっと冷える。

「雑渡さん、いろはちゃんを怖がらせないでください」

「あれ、何か冷たくない?いろはちゃん、忘れちゃったかな?一度会ったんだけど…」

そう言って、伊作の背中に隠れたいろはを覗き込むように雑渡さんが首を傾げると、おどおどしながらもいろはが顔を出した。
暫く何かを考えるように瞬きをすると、あっと叫んで指を差す。

「おじちゃ、しってるひと!!」

どうやら思い出したらしいいろはは、知っている人だと判断すると警戒心を解き、伊作の背中からひょこりと出てきた。
それを見て雑渡さんは嬉しそうに右目をにぃと歪め、ごそごそと懐を漁る。

「よかったよかった。今日はね、いろはちゃんにお土産を持ってきたんだよ」

そう言って、ごろごろと医務室の床に並べられたのは、でんでん太鼓やら鳥の形をした笛やら、たくさんのおもちゃ。
相当の実力者と名高いタソガレドキ軍忍組頭が子供のおもちゃを大量に買い求めている姿を想像してしまった澄姫は、思わず吹き出してしまい大慌てで口元を覆った。

「おもちゃ!!」

「そうだよー、いろはちゃんのために(私の部下たちに)いっぱい買(わせ)ってきたんだー。ほら、こっちおいでー?」

「あー!!しゅごいー!!おじちゃ、あーとぅ!!」

「いえいえ、どういたしまして。しかし可愛いなー子供欲しくなってくるなー……澄姫ちゃん、ちょっと仕込んでってもいい?」

物凄い小声で聞き捨てならないことを呟いたような気がしたが、いろははすっかりおもちゃに気を取られ、とすんと雑渡さんの胡坐の上に座っておもちゃで遊び始めた。まるで誘拐犯みたいな言葉でいろはを誘った雑渡さんは、きゃっきゃと遊ぶいろはを見ながら、時折ちらちらと澄姫に視線を投げ掛け、まるで『ちょっと本借りてもいい?』というような軽いノリでとんでもないことを言い出す。
それを聞いた澄姫は鼻で笑い、伊作が子供の前で変なこと言わないでくださいよと絶対零度の瞳で睨んだ。

「あれ、何か今日は本当に冷たいね?傷付くなぁ…」

そんな2人の様子を見て、わざとらしく肩を下げてしょぼくれる雑渡さん。
しかし、次の瞬間ふとだるそうな仕草で、それでも真剣な右目を2人に向けてぼそりと口を開いた。

「この子のこと調べたらね、ちょっと面白くないことがわかったんだけど」

唐突に切り替わった空気に驚きながらも、伊作と澄姫は不審そうに眉を顰めながら、黙って雑渡さんの言葉の続きを待った。

「…この子が現れた雷雨の日、ドクササコで怪しい動きがあった。城主がなにやら怪しい陰陽師を招き、隠れて何かを企んでいるらしいと報告があってね。それがどうも禁呪の類らしい」

「禁呪?」

「私も陰陽師には詳しくないから何ともいえないんだが、情報のひとつに気になることがあってね」

「気になること、ですか?」

雑渡さんの話す内容に、澄姫と伊作が交互に引っかかった言葉を繰り返す。
器用に片手でいろはのおもちゃをいじりながら、視線だけはしっかりと2人に向けて、火傷跡がちらりと覗く右目を剣呑に細めた。

「“神の咆哮と共に現れる天女は、数多の富をもたらす”らしい」

覆面に覆われた口元が、もごもごと動く。紡がれた言葉はまるで御伽噺のような一説で、澄姫と伊作は顔を見合わせた。

「……まぁ、まだこの子が“そう”だと決まったわけではないし、ドクササコもこの子の情報は手に入れていない。だが、火のないところに煙は立たない、ということを覚えておいたほうがいいかもしれないね」

そういうと、雑渡さんは何事もなかったかのようにまたにぃと右目を歪め、ぶんぶんと鳥の笛を振り回しているいろはを撫でた。

「あのね、とりさんね、おそらとぶの!!」

「うんうん、飛ぶねぇ」

ぱっと、まるで太陽のように、何もわかっていないいろはは笑う。
見て見てと嬉しそうにおもちゃを伊作と澄姫に掲げて見せるいろはに2人はにこりと微笑んだ。だが内心では、今しがた曲者とはいえ諜報力は確かな組頭から聞かされた情報をどうしたものかと持て余している。
そんな2人の微妙な感情を感じ取ったのか、いろははこてりと首を傾げながら、心配そうに眉を下げて指を銜えた。

「かあさま、いしゃっくん、どこかいたいの?」

雑渡さんの胡坐の上から立ち上がり、とことこと2人に駆け寄って小さな手でたどたどしくも頭を撫でるいろは。
そんな愛らしく優しい姿に、揃って大丈夫だよと言葉を返そうとしたら、ふ、と微かな笑い声が聞こえた。

「大丈夫だよ、私は忍術学園の味方だからね」

小さく肩を揺らして、雑渡さんは笑う。
いつかも聞いた覚えのある頼もしすぎる言葉を聞いて、伊作と澄姫は顔を見合わせて小さく微笑んだ。

「それは頼もしいですね。でもちょっと違うんじゃないですか?」

「うふふ、今回は『忍術学園の味方』ではなくて『いろはの味方』なんじゃないですか?」

2人のやりとりに、雑渡さんはそうかもね、と小さく呟いてくすくすと笑う。
そんな会話を聞いていたいろはが、きょとんとしてまた雑渡さんにとことこと駆け寄った。

「おじちゃ、いっちゃんのみかたなの?みかたってなあに?」

「そうだよ、私はいろはちゃんの味方。君が困ったり危なかったり怖い目に遭ったりしたら、必ず助けに行くからね」

それを聞いてなんとなく意味を理解したらしいいろははきゃあきゃあと喜んで雑渡さんに跳び付く。
敵でも味方でもない、微妙な立ち位置でいつも傍観を決め込んでいる厄介な曲者は、どうやらいろはに懐柔され今回ばかりはしっかりと協力を決めたらしい。

「本当に、末恐ろしい子ね」

会う人会う人を次々に懐柔していく未来の我が子を見つめ、澄姫はぼそりと呟いた。


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