挨拶回り〜火薬委員会〜

結局変装名人オンステージのままかなりの時間が過ぎ、どんどんと不機嫌になってしまった学級委員長委員会(特に勘右衛門)を何とか宥め、澄姫はご機嫌ないろはに向かって移動しましょうかと声を掛けた。

「かぁさまー!!しゅごかったー!!」

大喜びで両手を挙げて駆け寄ってくるいろはの頭を撫でてやり、そのままひょいと抱き上げる。
また今度遊びに来るわねと不機嫌な3人(うち2人はいじらしく表情に出してはいなかったが)の頭を順番に撫で、いろはもその小さな手をぶんぶんと振り、学級委員長委員会を後にした。
かなりの時間を過ごしたから、もう火薬委員会の活動も終わっているだろう。
さすがにこんな小さな子を硝煙倉に入れると迷惑になってしまう、そう考え、澄姫は抱き上げていたいろはを降ろし、手を繋ぎながらゆっくりと硝煙倉に向かった。

「あ、澄姫先輩といろはちゃん。丁度よかった」

いろはの歩幅にあわせてゆっくりゆっくり硝煙倉に行くと、丁度施錠をしている火薬委員会委員長代理の久々知兵助の後姿が見えた。その手前で彼女たちの姿に気が付いたのは、1年生の二郭伊助。
彼の言葉で、2年生の池田三郎次と4年生の斉藤タカ丸もくるりと振り返る。
あっという間に火薬委員に囲まれてしまったいろははちょっとびくっとしたものの、もう慣れてしまったのだろうか、すぐににぱりと笑いながらぺこりと頭を下げた。

「いっちゃん、いろはです!!なかよく、して、くだ、しゃい!!」

どことなくイントネーションが怪しいが、彼女が視線を上げると、そこにはふるふると悶える火薬委員会の姿があった。

「わー!!しっかり挨拶できてえらいねぇ!!」

「しっかりしてますねぇ…ご立派な娘さんで…」

「…か、かわいい……」

目線を合わせるようにしゃがみこんでいろはを撫でるタカ丸、どこの母親だと言わんばかりの感想を洩らす伊助、そして、ツンデレ学年の中でもとりわけキツイ三郎次までもが、ふにゃりと緩んだ顔でそう呟いた。
どうやら滝と同学年に在籍しているタカ丸は未来でも仲良くしているようで、会ったことがあるらしく、いろはは彼の足にぺちょりとくっつき抱っこをせがんでいた。
さすがの破壊力ね、と澄姫が感心して見ていると、施錠を終えたらしい兵助がとことこと歩いてきた。

「あ、澄姫先輩」

「お疲れ様、兵助。もう終わった?」

「はい、ちょうど」

マイペースに挨拶を交わすと、兵助はちらりといろはを見て、すっと視線を戻した。その反応に、澄姫はおやと首を傾げる。
あまり子供が得意ではないのだろうか、それともたまにハチが呆れたように話している通り、豆腐以外に興味がないのか。

「…苦手なの?」

なんの気なしにそう聞いてみると、兵助は少しだけ視線を彷徨わせて、小さな声でまぁ、と答えた。

「あまり関わることもないですし、正直扱いも良くわかりませんし…」

もごもごと気まずそうに話す兵助を見て、澄姫はまあ確かに兵助はそんなタイプだろうと納得した。
苦手ならそれはそれで構わないし、別に無理させてまでいろはと仲良くすることもないので、と彼女が考えていると、桃色の小さな固まりが物凄い勢いで走ってきた。

ばすり、と音を立てて兵助の足にくっついたその桃色は、キラキラとした瞳で兵助を見上げている。

「へーしゅけおにちゃー!!」

「…え……お、俺…?」

足にくっついた桃色…まぁいろはだが…を困ったように見て、兵助は自分の顔をゆっくりと指差してうろたえた。
確かにどう接していいかわからない、と言っていたのに突然向こうから抱きつかれてはそんな反応になってもおかしくはないと思う。
すっかり困っている兵助とは裏腹に、いろはは嬉しそうに群青色の袴を握り締め、ぴょこぴょこと飛び跳ねて体全体で喜びを表現していた。

「……えっと、その…俺のこと、知ってるのか?」

「?へーしゅけおにちゃもいっちゃんのことわすれちゃったの?はっちゃんといっしょに、おちょふやいくってゆった!!」

「おちょふや?」

「おちょーふや」

頭の上にクエスチョンマークを大量に浮かべた兵助に、澄姫が助け舟を出してやった。

「兵助はハチと一緒にいろはとお豆腐屋に行く約束をしたんですって」

接し方しっかりわかってるじゃない、と笑いながら翻訳した彼女の言葉に、困惑が浮かんでいた兵助の瞳がカッと見開かれる。

「豆腐、好きなのか?」

静かな声で問いかけた兵助に、一瞬だけぽかんとしたいろはだったが、すぐににぱっと笑って大きく頷いた。

「いっちゃん、おちょーふしゅき。あとちゃまごしゅき」

「卵は別にどうでもいい。そうか、豆腐好きなのか!!」

先程とは180度態度とテンションの違う兵助を見て、乾いた笑いを漏らすのは火薬委員会の下級生の2人。
だがしかし、好物が一致してすっかり舞い上がった兵助といろははそんなことお構いなしとばかりに豆腐豆腐と騒ぎ始めた。


すっかり蚊帳の外になってしまった火薬委員会の3人は寂しそうに、それでも黙ってその光景を見つめていた。

暫くして、なかなか硝煙倉の鍵を返しに来ない火薬委員会委員長代理に痺れを切らした土井先生がやってきて、豆腐豆腐と騒ぐ兵助といろはを目にし、あれは何の宗教だと真顔で澄姫に問い掛けるのだった。


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