挨拶回り〜学級委員長委員会〜

連日の挨拶回りで大半の生徒と顔見知りになったいろはは、既に教師たちにもすっかり懐いたようで、長次や澄姫が授業の時は大人しく待っていたり、お手伝いをしたりといろはなりに頑張っているようだった。
特に授業中にお届け物をしに来るいろは(と小松田さん)は一部で『配達天使』とまで言われ、その姿に癒されると大人気。

そんな天使を抱いた澄姫は、今日は学級委員長委員会へお邪魔していた。

「あ、いろはちゃんだ、いらっしゃい」

いつも冷静な庄左ヱ門が、彦四郎と共に2人を迎える。

「こんにちは、お邪魔します」

「おじゃまーしゅ!!」

澄姫に習いぺこりと頭を下げるいろはに、2人も丁寧にお辞儀をする。なんとも癒される光景ではあるが、彼女は首を傾げた。

「勘右衛門と三郎はどうしたの?」

普段ならばぼりぼりとお菓子を貪っている勘右衛門と、なんだかんだで後輩大好きな三郎の姿が見えないことに違和感を感じて、そう問い掛けたその時、背後で閉めたはずの扉ががらりと開いた。
そこからひょこりと顔を出したのは、今噂をしていた5年い組の学級委員長である尾浜勘右衛門。

「あ、もういらっしゃってたんですね」

「勘右衛門、遅かったのね。三郎は?」

「すぐ来ますよ。いろはちゃんやっほー」

彼女の問い掛けに笑顔で答えながら、勘右衛門は片手を挙げていろはに挨拶をした。
普段からにこにことしている勘衛門に、いろはもすっかり釣られてにこにこと片手を挙げて真似をしている。すると、遅れて三郎がひょっこりと現れた。
同じように遅かったのねと言おうとした澄姫だったが、現れた三郎を見てその言葉をぐっと飲み込んだ。

「…何故?」

その代わりに零れた呆れを含んだ呟きに、勘右衛門がくふふと意地悪く笑う。
それもそのはず。普段は大好きな雷蔵の顔を借りている三郎は、今日に限って長次の変装をしていた。

「あー!!とーさまー!!」

やはり、というかなんと言うか、すっかり騙されたいろはは上機嫌で三郎扮する長次に飛びつく。
無言でいろはを抱きとめて、三郎は満足げに大きく頷いた。
すっかり呆れてものも言えない彼女に、勘右衛門がこっそりと耳打ちする。

「三郎って、意外と子供の扱い下手なんで」

その言葉に納得した澄姫は、ぷっと小さく笑った。
恐らくいろはに泣かれない様に、嫌われないように三郎なりに賢明に考えたのだろう。その答えが長次の変装にいきつくあたり、三郎らしいといえばらしい。

「とーさまー、きょうはおしおとないの?らいにぃにぃ、いしょがしーっていってたよ?」

だがしかし、誠に残念なことに、いろはは昼食時に長次本人と雷蔵から『今日は新刊が入るので委員会が忙しい』ということを聞いていた。
純粋な瞳でお仕事はどうしたの?と聞かれてしまえば、さすがの三郎も良心が痛んだようでダラダラと汗を流しながらどう答えるべきかと悩んでしまった。
困り果てている三郎を見て、澄姫は堪えきれずけらけらと笑い出し、同じく爆笑している勘右衛門が諦めろ、と三郎の肩を叩いた。

「………ちぇ」

2人の爆笑ですっかり立つ瀬もなくなってしまった三郎は小さく舌打ちすると、いろはを抱いたままべりと変装をはがした。
突然のことにきょとんとしているいろはの目の前に現れたのは、いつもの親友、不破雷蔵の顔。
目の前で父様が違う人になったというショックなのかわからないが、いろはは固まってしまった。
なんとなーく微妙な空気の三郎と、硬直しているいろはを見て、やれやれとばかりに肩を竦めた澄姫が苦笑交じりに口を開く。

「いろは、いろは。知ってるでしょ?彼は三郎よ、鉢屋三郎」

予想ではあるが、雷蔵に懐いているいろはならきっと彼としょっちゅう行動を共にしている三郎のことも知っているだろうと、彼女は固まったままのいろはにそう教えてあげた。
すると、いろははぱちぱちと数回瞬きをして、ぱぁぁぁと顔を輝かせた。

「しゃぶろ、あれやって!!いないないばーってやって!!」

そして彼の装束にしがみ付き、しきりにそう強請った。

「やったじゃん三郎。めっちゃ懐かれてるじゃん」

「う、うるさいな…ところで、いないいないばぁって?」

ニヤニヤと肘で突きながらよかったねーしゃぶろう?なんて茶化す勘右衛門を睨みつけながら、三郎はいろはの言ういないいないばぁについて問う。

「あのね、おかおかわるやつ!!ぱっておててどかしたらね、おかおかわるやつ!!」

「ああ、成程…これか」

懸命に説明したいろはの言ういないいないばぁとは、三郎お得意の早変わりで。
すっかり慣れ親しんでいる雷蔵の顔から一瞬で長次の顔に変わった三郎を見て、いろははもう大喜び。
それにすっかり気を良くした三郎も、いろはが知っていそうな顔にどんどんと変わっていく。

「鉢屋先輩メロメロだね、庄左ヱ門」

「なんだかんだで子供好きだからね。さぁ、そろそろ皆でお茶にしましょうか」

「庄ちゃんたら相変わらず冷静ー」

そんな嬉しそうないろはと三郎を見てくすくすと笑う彦四郎と、冷静にお菓子の準備を始める庄左ヱ門。そんなしっかりし過ぎた1年生を感心しながら褒める勘右衛門の姿に、澄姫は精神年齢が逆なのでは、と小さな疑問を抱いたとか抱いてないとか。


「っていうか三郎がいろはちゃんに夢中すぎて、俺ら全然遊べないんだけど」

「そのうち飽きますよ。いろはちゃんが」

「結構辛辣ね、庄左ヱ門…」


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