挨拶回り〜保健委員会〜
暫く用具委員たちと戯れているのを眺めていたら、ずて、といろはが盛大にこけた。
「わぁぁ、いろはちゃんが転んだー!!」
「大変だぁ!!」
「大丈夫?」
慌てて駆け寄った井桁たちに起こされてぽかんとしていたいろはだったが、徐々に痛みが押し寄せてきたらしく、ふわぁぁ、と泣き出した。
澄姫は苦笑しながら駆け寄りいろはを抱き上げ、怪我の場所を確認する。
どうやらおでこが少し擦り剥けているようだ。
「あら、大変。留三郎、ついでだしこのまま医務室に行くわね」
「お、そうか」
大変、といいつつさして慌ててもいない彼女は留三郎にそう告げ、心配そうな用具委員に見送られて医務室に向かった。
ぎゃあぎゃあと泣き喚くいろはをあやしながら医務室に着くと、いろはの怪我を見た伊作がくすくすと笑いながら救急箱を準備した。
「どうしたの?遊んでて転んじゃったかな?」
「ふぐっ、あのね、いっちゃんね、ごちんしたの…」
「そうかぁ、それは痛かったね。でももう大丈夫、いいかい?」
ぐずぐずとべそをかいているいろはに優しく問い掛けた伊作が、ひくひくと泣きながらもしっかりどうしたのかを答えた姿を見て、眉を下げながらも自身が調合した薬を取り出した。
「ちちんぷいぷい〜、痛いの、痛いの、向こうのお山に飛んでゆけ〜」
そう言って、小さな擦り傷に薬を塗ってやった。
恐らく下級生用に調合した傷薬だろうか、痛み止めを含んだそれを塗ってもらったいろはは、ぴたりと泣き止んだ。
「…いたいの、ほんとにとんでちゃった…」
きょとんとしてそう呟いたいろはの姿を見た澄姫と保健委員たちは、くすくすと笑う。
すっかり泣き止んだいろはは、嬉しそうに伊作に跳びついた。
「いしゃっくん、しゅごい!!いしゃっくんのおすくり、いたくない!!」
「そうだよ、僕のお薬はね、いい子には痛くないんだよ」
いろはをしっかりと抱きとめて、言い聞かすように伊作は笑う。その言葉を聞いて、いろはがこてりと首を傾げた。
「いいこにはいたくないの?わるいこになるといたくなっちゃうの?」
「そうだよ。たとえばね、留三郎と文次郎が喧嘩して悪い子になるとね、僕のお薬は2人が泣いちゃうほどいったーいお薬になっちゃうんだよ」
「とめしゃんともんちゃんが…ないちゃうの?」
「泣いちゃうね」
「………いっちゃん、いいこします…」
伊作のたとえ話…というか薬が違うだけで実話だが、強いと認識している2人が泣いてしまう、という言葉にすっかり怯えたいろはは、いいこします、いいこします、と繰り返している。それを見て、ついに我慢できなくなった保健委員たちがけらけらと笑い始めた。
まったりと和んだ保健委員会の面々が次々に自己紹介をして、ツンデレ学年2年い組の川西左近すら笑顔でいろはと遊び始めたその時。
救急箱を片付けようと立ち上がった伊作が、その能力を突如発揮した。
「さぁ、皆でお茶でも、って、わ、あ、あぁぁ!!!」
薬草を乗せていたであろう紙に足をとられ、前のめりに倒れた。
そこから始まる恐怖の連鎖。
伊作が倒れた先には箪笥があり、まずそれが倒れてくる。それを支えようとした三反田数馬が箪笥を押さえるも、当然のように引き出しが重力に従い、箪笥からはずれがちゃがちゃと薬草や薬類が散らばる。
後輩を案じて起き上がった伊作の頭に引き出しのひとつが激突し、それを見ていた川西左近が慌てて駆け寄るも散らばった薬品類に足を引っ掻け転倒。
何を思ったのかそんな彼を助け起こそうとして数馬が箪笥から手を離し、伊作が箪笥の下敷きに。
焦った数馬が左近を起こしたあと箪笥も起こそうとすると、つるりと手が滑り、何故か彼の足もつるりと滑り、乳鉢が置いてあったところに転倒。
がしゃんと派手に散らばった薬品と、その上に派手に転んだ数馬を助けようと乱太郎が駆け寄るも、やはり途中で薬草を踏んづけ転倒。
本当にあっという間にぐっちゃぐちゃになってしまった医務室と、満身創痍の保健委員、否、不運委員たち。
その混沌の中心部で怪我ひとつとして負っていないいろはがあっけにとられていた。
「…相変わらずの不運ね」
「安定のすりるぅ〜」
足元に気をつけながらいろはに近付き、よいしょと抱き上げた澄姫の隣で、離れたところにいて不運から唯一逃れられた鶴町伏木蔵が楽しそうに呟いた。
その後彼女によって助けられた不運委員長と不運委員会の面々は、伏木蔵と澄姫、それからいろはの手当てを受け、某城の曲者よろしく包帯だらけになった。
「いたたた…皆、大丈夫かい?」
「いてて…平気です」
「もう慣れました」
「川西左近先輩に同じく…」
伊作、数馬、左近、乱太郎がそう交わす。どこか悲壮感漂うその姿に、いろはがとことこと近付き、順番によしよしと頭を撫でていた。
結局その不運で保健委員たちは片付けに追われることとなり、気付けば夕食の時間。
全然遊べなかったと空腹もあり不機嫌ないろはの強い要望で、夕食は保健委員会と食べることになり、結果オーライと少し幸せな保健委員たちだった。
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