合同実技

翌日。午前の授業が実技だった6年生は合同で第二運動場へ出ていた。
いろはは今日も吉野先生のお手伝いをするといって、事務員室に預けている。
そんな彼女たちのいる第二運動場に、担当の先生が現れた。
唖然としてやってきた先生を見る6年生たち。
それもそのはず、先生の腕には、顔を涙でぐじゃぐじゃにしたいろはが抱かれていた。

「うぁぁぁ、かーさまー、とーさまぁぁ!!」

「いろは!?どうしたの、そんなに泣いて…」

「ははは、最初はいい子にお手伝いしていたんだがなぁ、書類をぶちまけた小松田君を怒った吉野先生に驚いて泣き出してしまって、どうやっても泣き止まなかったんだと」

小さな手を伸ばし、ぐずぐずとべそをかきながら澄姫に抱かれたいろは。その姿を見て、先生も他の6年生たちも苦笑いである。

「いろは、もう泣かないの」

そう慰めながらも、彼女はどうしたものかと眉を下げる。彼女はこれから実技の授業なのに、いろはが傍に居ては授業どころではない。
吉野先生や小松田さんは暫く地雷だろうし、事務員のおばちゃんはきっと今頃小松田さんの尻拭いにてんやわんやしているだろう。かといって他の先生だって授業がある。食堂のおばちゃんは昼の仕込を始めているだろうし、学園長に預けるのはなんだか不安だ。
あれもだめ、これもだめと困り果てていると、担任の先生がひょいといろはを覗き込んで笑った。

「よーし、今日の実技の授業はかくれんぼだ!!」

その言葉に、全員が揃ってすっこけた。

「先生!!何馬鹿なことを仰っているんですか!!」

澄姫がそう捲し立てると、先生はにこにこと満面の笑みでいろはを抱き上げた。

「いろはちゃんは、かくれんぼ好きかなぁ?」

「しゅきー!!いっちゃんかくれんぼ、やいたーい!!」

「しょーかね、しょーかね。じゃあ、皆でかくれんぼしようなぁ!!」

いつもは厳しい先生が、聞いたこともない猫なで声で、見たこともない笑顔でいろはに話しかけるその姿に、伊作が鼻水を噴いた。
そして何故かドヤ顔で、大喜びしてすっかり泣き止んだいろはを抱き、先生ははい決定、とばかりに鬼を決めるよう指示をした。

突如実技の授業が子守りになってしまい、長次と澄姫は申し訳なさそうな顔で全員に頭を下げた。
伊作と留三郎と小平太はともかく、仙蔵と文次郎には文句を言われる覚悟で謝ったが、意外なことに(いや、意外ではないかも知れない…)仙蔵は満面の笑みで、更に乗り気。文次郎すら、たまには息抜きせんとな、と呟いた。
既にしっかりと骨抜きにされている5人は意気揚々と地面にあみだくじを書き、かくれんぼの鬼を決め出した。

「ほう、最初の鬼は(案の定)伊作か。空気を読めよ」

「今小さい声で案の定って聞こえたんだけど…まぁいいか。大丈夫、僕空気は読めるタイプだから!!」

持ち前の不運で鬼になった伊作は、大きな声で百数え始める。先生に下ろしてもらったいろははきゃあきゃあと楽しそうに運動場を走り、がさりとその小さな体を茂みに隠した。その後に、長次と澄姫が続く。
数え終わった伊作がものすごくわざとらしくどこかなぁ、なんていいながら運動場をうろうろと彷徨うのを見て、いろははくすくすと笑った。

「かーさま、とーさま、みて、いしゃっくん、ちやうところさがしてる」

楽しそうに伊作の様子を伺っているいろは。そして、とある場所で伊作はがん、と木を叩いた。

「文次郎、みーつけた!!」

その言葉で、しゅたりと姿を現した文次郎に、いろははますます楽しそうに笑う。

「もんちゃ、みちゅかった。ちゅぎ、もんちゃんおにー」

そう小さく呟くと、頭上からぶっと噴き出す声が聞こえて伊作がニヤニヤしながら駆け寄ってきた。

「小平太、留三郎、みーつけた!!」

「ぶっは…っ、いや、これはもう仕方ない!!」

「はっはっは!!もんちゃんおにー!!」

「黙れ留三郎!!」

大笑いする2人を怒鳴りつけた文次郎。そんな彼らを見て笑っていた伊作が、くるりといろはたちの隠れる茂みを見た。そろそろ頃合だろうと、長次と澄姫も顔を見合わせて微笑む。

「んー?ここから笑い声が聞こえるなー?…いろはちゃん、みーつけたぁぁぁ!!?」

がさりと伊作が茂みを掻き分けたその瞬間、ばっちりいろはと目が合ったのだが、伊作は突然姿を消した。
彼が立っていた場所には、ぽっかりと口を開けた落とし穴。

「うわぁぁぁ!!大丈夫が伊作ぅぅぅ!!」

留三郎が血相を変えてすっ飛んできて、穴の中に向かって声を掛けると、なんとかだいじょうぶー、という返事が返ってきた。
それを見ていたいろはがぱちぱちと瞬きをしながら、ゆっくり長次を見て呟く。

「………いしゃっくん、しゅっぽーんした…」

その一言で爆笑した仙蔵が木の上から降ってきた。



結局その後も酷いもので、次の鬼の文次郎は躍起になって留三郎を一番に見つけだし、その次の鬼の留三郎は変質者の如くいろはだけを探した。
そして一番酷かったのは、いろはが鬼になった時。
最上級生ともあろう6年生が揃いも揃って、でれでれと甘い顔をして、1年生にすら鼻で笑われそうな隠れ方をしていた。
伊作は木の枝を持ってしゃがんでいるだけだし、留三郎は茂みからしっかり顔を出している。小平太は高い木に登っているがそのてっぺんからしっかり姿を見せているし、長次は木の幹に隠れているがガタイのいい肩幅が丸見え。文次郎は塀にしがみ付いてやっぱり顔を出しているし、仙蔵ですらも石灯籠から髪の毛がちらちらと見えている。

「必死すぎ。どれだけいろはに見つけて欲しいのよ…」

そして、小さな手で目を隠して一生懸命十まで数えているいろはを今か今かと待っているその姿は滑稽でしかない。

「…やーっちゅ、ここーのちゅ、とーおー!!」

何度か四つから六つを繰り返して、やっと十まで数え切ったいろはがぱっと手を離してきょろきょろと運動場を見渡して、すぐに破顔する。

「あー!!いしゃっくん、みーっけた!!」

「あは、見つかっちゃったー」

とことこと駆けて来たいろはを嬉しそうに抱きとめて、伊作が勝ち誇った笑みを浮かべる。

「あっ、あっ、とめしゃんみーっけた!!」

そのすぐ隣に居た留三郎も見つけ嬉しそうに指を差すと、留三郎はわざとらしくあちゃあ、と頭を掻いて姿を現した。

「あっという間に見つかっちゃったなー、いろはすげぇなぁ!!」

「きゃはー!!」

嬉しそうないろはを蕩けんばかりの顔で見つめ、やはり勝ち誇った顔をする留三郎。
それに反応するように、文次郎と仙蔵がわざと物音を立てる。それに気が付いたいろはがちょこちょこと近づき、あっと驚いた顔をして文次郎の隠れている塀を指差した。

「あー!!もんちゃんしゅごい!!にんじゃみたいにかくれてる!!」

その言葉に気を良くした文次郎が照れながら姿を現し、続いて仙蔵の髪を見つけたいろはがぱちぱちと手を叩いて喜ぶ。

「せんちゃんも、かぁっくいー!!にんじゃ、じょーずね!!」

「ふふふ、そうだろう?いろはも、この私を見つけるとはなかなかのものだな」

さらりと髪を揺らしてそういった仙蔵に、どの口が、と思わず突っ込みそうになる澄姫。

「こへちゃんと、とーさまと、かーさまいない…」

きょろきょろと運動場を見渡して、残りの3人が見つけられないいろはは困ったように呟いた。すると、文次郎がひょいっといろはを抱き上げた。

「これで見えないところも見えるようになったか?」

そう言って肩車をしてやると、いろはは嬉しそうに文次郎の頭を掴み、あー、と声を上げた。

「とーさま、あんなところにいたー!!」

視界が開けたいろはが長次を見つけ、彼は木の幹から照れくさそうに姿を現した。
そして、何度も何度もガサガサと音を立てる小平太をいろははやっと見つけた。

「こへちゃんあんなとこにかくれてるー!!しゅごいね、たかいね!!」

「はっはっは、やっと見つかった!!」

ひょいと木から飛び降りた小平太は豪快に笑っていろはの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。きゃっきゃ喜んでいたいろはだが、はたとまだ姿の見えない澄姫をきょろきょろと探す。
そんないろはの視界から上手い具合に姿を消して、最初からずっと背後を着いてきている彼女は、もう爆笑寸前。他の6年生たちも、口を押さえて笑いを堪えている。

「かぁさまー!!かーしゃまー!!かーあーさーまー!!」

必死に母を探すいろはの姿に、堪えきれなくなった澄姫は、ばぁ、と姿を現した。びっくりするいろはを見て、全員が楽しそうに笑う。

「かーさま、いたー!!しゅごいね、どこかくれんぼしてちゃの!?」

「あら?ずうっといろはの後ろにいたわよ?」

「ほぇぇぇ!?しゅごいね、かあさましゅごいね!!?」

「うふふ、だって母様は優秀な忍者ですもの」

「かぁーっくいー!!!」

キラキラと眩しいほどの尊敬の眼差しで澄姫を見ているいろは。そんな2人を見て、真剣に隠れればよかったかもしれない、と6人は思ったとか。

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