確認

生物飼育小屋の前で軽い罵詈雑言合戦が繰り広げられたので、澄姫たちは一度解散し、各々親しい後輩から天女の情報を聞き出そうということになった。
夜にもう一度集まり、現在の学園の状況の把握、天女の素性、そしてそれらから天女の目的を判断しよう、という流れである。
さすがに最上級生が3人もいると判断も行動も早い。



「では私は体育委員会と、長次の図書委員会の後輩から天女の話を聞いてくる」

小平太の一声に仙蔵、八左ヱ門、三木ヱ門が頷き続く。

「私は作法委員会と火薬委員会を当たろう。」

「俺は澄姫先輩の代わりに生物委員会と用具委員会に行きます」

それらを聞き澄姫はコクリと頷く。

「私は保健委員会と学級委員長委員会へ行くから、三木は会計委員会を当たって頂戴」

「わかりました」

澄姫がそう指示すると、三木ヱ門の返事を皮切りに5人はさっと散り散りに己の受け持った委員会の場所へと駆けていった。





− − − − − − − − −

夜空にぽかりと月が浮かぶ頃。
4年長屋、三木ヱ門の自室に5人は集まっていた。


「では、ハチから報告をお願い」

澄姫に目で促され、八左ヱ門は自分の目と耳で確認してきた内容を説明する。

「はい。生物委員会は俺含め全員正気でした。用具委員会も食満先輩以外は正気のようです」

「作法委員会は喜八郎以外正気だ。火薬委員会は三郎次と伊助が正気だった」

「会計委員会は潮江先輩以外大丈夫のようです」

そこまで説明を受け、なるべく冷静を装いつつ、澄姫は一番聞きたくて一番聞きたくない小平太の報告をじっと待った。
小平太は胡坐をかき俯いて口を開く。


「体育委員会は滝夜叉丸以外、図書委員会は雷蔵と長次以外正気だった」


嘘だ、と言いたかった。
しかし澄姫は現実を突きつけられ、諦め交じりの長い溜息を吐くと、思考を切り替え仙蔵を見やる。
その視線を受け止め、仙蔵も若干同情を滲ませたような顔でこれまでの報告を纏めにかかった。


「これでようやっと学園内の把握が出来たな。やはり天女に現を抜かしているのは4年以上の上級生のみで、下級生には影響が出ていない」

その言葉に三木ヱ門は同意する。

「はい、私もそう思いました。1年2年の奴等も天女に対して興味をそれ程持っていません」

「私と竹谷以外にあの匂いを感じてるやつは居なかったぞ」

あんなにくさいのになぁ、と不思議そうに小平太は首を傾げる。

澄姫はその様子を見て、なるほど、と自身の細い指で畳をひとつ叩いた。

「天女の素性は判明しない、でも少なくとも推測はできそうね」

澄姫のその言葉を聞いて、仙蔵は頷き、他の者は首を傾げた。

「珍しい幻術使いの類か…もしくは、薬師か…」

「えぇ、年齢または体の成長によって効果の変わるものもあるし、その線が有力じゃないかしら」

二人であーじゃないかこーじゃないかと推測を述べるが、他の3人は内容にまったくついていけず慌てだす。
「ちょちょちょ、澄姫先輩立花先輩、まったくわかりません!!」

「ははは、私もまったくわからん!」

明るく笑う小平太に、三木ヱ門は心配そうな視線を向けていた。
そんな三木ヱ門の頭にぽんと手をのせ、澄姫は仙蔵と同じであろう推測を伸べ始める。

「つまり、天女とやらは何かしらの方法を用いて…例えば小平太とハチの言う匂い、ね。それを使って13歳以上の上級生をかどわかしているんじゃないかと思うの」

「あくまで推測だがな。忍術学園の上級生が腑抜けになると困ることはまずなんだ?」

涼しげな目をきれいに細め、仙蔵は三木ヱ門を見る。

「え…っと、学園の…防衛とかですか?」

三木ヱ門のその一言に八左ヱ門ははっとして澄姫を見やる。

「ひょっとして、天女の狙いって…」

うっすらとだが確信を宿した八左ヱ門の瞳に、仙蔵は口角を上げる。

「おそらくはそういうことだ」

「でも学園長先生が天女を学園に置いたのは、間者の疑いがなかったからじゃないのか?私は遠目から見ただけだが、天女の手や体つきはくのいちみたいじゃなかったぞ?」

いつの間にやら理解したらしい小平太が、何故か腕立て伏せをしながら澄姫に問う。

「でも本人がくのいちじゃないとしても、敵を招きいれるために先陣を切った幻術師だとしたらどう?まともに忍び込んで6年正全員と戦うよりも、数を減らしたほうが圧倒的に有利ではないかしら?それに、仮に幻術師や薬師だと仮定したら…」



空から落ちてくるように見せかけるのだって、簡単でしょう?



その澄姫の言葉に、三木ヱ門と八左ヱ門はごくりと喉を鳴らす。
確かに仙蔵と澄姫の推測は彼らの疑問を悉く納得させてくれる。
幻術ならば、薬に抵抗のある伊作もかかるだろう。
薬ならば、学園一ギンギンに忍者している文次郎も抗えないだろう。
そして、学園長先生や他の先生が黙って傍観しているのも…


「先生たちは、これも授業の一環とお考えなのかもしれんな」
仙蔵のその一言に、全員がこくりと頷いた。


「だとしたら、尚更気に入らないわ」

一角から突然発生した竦み上がるほどの殺気に、小平太がピクリと反応を示す。
そのギラつく視線の先には、澄姫が俯いていた。
ささっと仙蔵の後ろに避難した三木ヱ門が恐々、何がですか、と澄姫に尋ねる。
その口を慌てて八左ヱ門が塞ぐが、時は既に遅かった。
どこに隠し持っていたのか、澄姫は鉄双節棍の先から長く鎖が垂れ下がり、その先に分銅が付いた一見して鞭のような武器を取り出した。
これは数年前、留三郎に作ってもらった澄姫専用の武器。
その鞭のような外観と扱う澄姫の女王のような性格で、他の生徒からは『猛獣使い』などと囁かれている。

澄姫は自分の殺気に当てられた小平太に向かってその武器を振るうと、彼と共に長屋の外へと飛び出した。

ギャギャッと石を削る音と、恐らく苦無であろう金属のぶつかり合う甲高い音が火花と共に闇夜に飛び交う。

真っ青になった三木ヱ門が仙蔵の袖を引き、震えながら問う。

「立花先輩、澄姫先輩はいきなりどうして…」

可哀想な後輩に同情しつつも、既に慣れきっているのかどこか遠い目をした八左ヱ門の肩に手を置き、悩み多き乙女の心情を説明してやった。


「滝夜叉丸と長次が天女に唆されているからな、澄姫も内心穏やかではないのだろう。ついこぼれた殺気に当てられた小平太で憂さ晴らしができるといいのだがな…」

やれやれ、とでも言いたそうな仙蔵のその話を聞き、三木ヱ門はしゅんと俯く。
その脳裏に浮かぶのは、普段は喧嘩ばかりの大事な友人たち。
自信過剰だったり自由だったりのほほんとしていたり、勝手だと憤るときのほうが多いが

「…さみしい、ですもんね」

かけがえのない友人なんだ、と三木ヱ門はぐっと奥歯を噛んだ。


[ 7/253 ]

[*prev] [next#]