挨拶回り〜作法委員会〜

作法室に着くと、作法委員会唯一の良心と謳われる浦風藤内が忙しなくお茶やらお菓子を持って右往左往していた。

「戻ったぞ」

いろはを抱いたままの仙蔵がそう言うと、気が付いた伝七と藤内がにこりと笑っておかえりなさい、と言った。
しかし、それとは別の方向から、なんだか物凄く不機嫌オーラが漂ってきて、澄姫はぱちぱちと瞬きを繰り返す。
すると、そんな彼女の姿を見た藤内が苦笑を浮かべて、こっそりと教えてくれた。

「兵太夫と綾部先輩、いろはちゃんが遊びに来るからって、立花先輩に作法室のからくり解除と今日1日穴掘り禁止を言い渡されて、ちょっと不機嫌なんですよ」

「成程…」

説明をしつつ、どうぞ、と藤内からお茶を差し出され、彼女は適当な場所に腰を下ろしいろはを見つつお茶を啜った。
すると、仙蔵に下ろしてもらい作法室内を興味津々に見て回っていたいろはが、不機嫌そうに座ってぶすくれている兵太夫の隣にある色の違う床を見つけ、しゃがみこんでじぃっと見つめ始めた。
最初は不機嫌ゆえに無視を決め込んでいた兵太夫も、穴が開くほど自分の作ったからくりの起動部分を見つめられては、作者として黙っていられない。

「…それは、からくりのピンだよ」

「かあくい?」

「か・ら・く・り。気になるの?」

歳の割りにクールな兵太夫に問い掛けられたいろはは素直にこくんと頷き、何かを期待するような目で兵太夫を見つめた。
大きな瞳に見つめられ、しかも自身のからくりに興味があるといわれたら、幾分か気分も晴れる。兵太夫はふうん、と呟き、口角を少し上げて、こっそりと伝七を指差した。

「いいかい、見ててね」

そう言って、色が違う床の片隅を指で押し、中のピンを抜いた。
すると間髪入れずに伝七の座っていた床がひっくり返り、どんでん返しの要領で彼は叫ぶ間もなくどこかに姿を消した。
暫く床下から色々な音や叫び声が聞こえていたが、その内伝七が消えたすぐ傍の壁が開き、ぼろぼろになった彼がすとん、と消える前の姿勢そのままで床に着地した。

「………へっ、兵太夫ーーー!!!」

「お帰り伝七、どうだった?」

「真っ暗で何も見えなかったよ…って、そうじゃない!!いきなり何をするんだよ!!」

「だっていろはちゃんが興味津々だったんだもん。文句ならいろはちゃんに言ってよね」

呆然としていた伝七がはっとして兵太夫に怒鳴りかかると、彼は隣で目をキラキラと輝かせているいろはをずいと伝七の前に押し出した。純真無垢な目をした三歳児に文句を言えるわけがない、と踏んでのことだが、見事それは的中。
伝七はぐっと言葉に詰まり、悔しそうに歯軋りをして、ふんと鼻を鳴らして引き下がっていった。

「しゅごいねぇ!!こえおにちゃがちゅくったの!?」

楯にされていたこともわからないいろはは、くるりと兵太夫を見てじたばたと全身で感動を表現していた。

「そうだよ。ぼくの自信作」

「ほわぁぁ!!しゅごいねぇ!!きはちろといっしょ!!かっくいーねー!!」

その言葉で、兵太夫の隣に座って不貞腐れていた喜八郎はきょとんといろはを見た。

「…おちびちゃん、こういうの好きなの?」

「おちびちゃちやう。いっちゃんいろは。きはちろわしゅれちゃったの?いっちゃん、きはちろとらかっしぇーちゅくってにぃにぃしゅぽってした」

「おやまあ、全くわからない」

喜八郎の問い掛けに興奮気味に答えたいろはだが、喜八郎には伝わらなかったらしい。それを見ていた仙蔵が笑いながら、彼に解説してやった。

「どうやらいろはは未来のお前と共に落とし穴を作って滝夜叉丸を落としたらしい」

相変わらずの無表情でその話を聞いていた喜八郎だったが、突然くるりと兵太夫と顔を見合わせて、珍しいことに2人してニヤリと笑った。

「綾部先輩、どうやら楽しくなりそうですね」

「おやまあ、兵太夫、悪い顔。でも、そうだね。行こうかいろは」

そして、片腕でいろはをひょいと抱き上げた喜八郎は愛用の踏鋤、踏子ちゃんを開いている片手に持ち、兵太夫と共に作法室の出入り口へ向かって歩き出した。

「ちょっと待て、喜八郎、兵太夫。いろはをどこへ連れて行くつもりだ」

「いやだなぁ、立花先輩、決まってるじゃないですか」

「これからいろはとからくり落とし穴巡りでーす」

扉の前に立ちはだかった仙蔵に、2人して上機嫌にそう言うと、いろはを抱いた喜八郎がくるりと澄姫を見た。

「滝のお姉ちゃん、いいですよね?」

「いろはが行きたいならいいんじゃないかしら?」

「いろはちゃん、ぼくのからくりと綾部先輩の落とし穴もっと見たい?」

「みちゃい!!いっちゃんおにちゃときはちろとあしょぶー!!」

暢気にお茶を啜りながら、澄姫が喜八郎にそう言うと、いろはは兵太夫の言葉に嬉しそうに頷いた。
はい決定、とばかりにすたすたと作法室を出て行ってしまった2人を愕然と見つめ、仙蔵は澄姫に怒鳴る。

「澄姫!!もしもいろはが危険な目に遭ったらどうするんだ!!」

目の色を変えて珍しく歯を剥く仙蔵に、彼女は笑いながら首を傾げた。

「あの子達がちゃんと見ててくれるわよ。そんなに心配なら、仙蔵もついていけばいいじゃない」

けらけらと笑いながら発された彼女の言葉に、仙蔵は成程、と頷いて2人の後を追っていった。
その様子をぽかんと見ていた伝七と藤内が、同時に深い溜息をついて、お菓子とお茶のおかわりを彼女に差し出す。

「あの冷静沈着な立花先輩が驚くほどメロメロに…」

「ぼくも遊びたかったな…」

「6年生は全員大体あんな感じよ、伝七。また今度、次は三年生みんなで遊んでやってくれるかしら、藤内?」

ころころと楽しそうに笑う彼女に、伝七と藤内は顔を見合わせて、片や眉をハの字に下げて、片や嬉しそうに笑った。

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