食事戦争

3人が食堂に着くと、既に大半の生徒で席が埋まっていた。どうしたものかと思案していると、一角から長次を呼ぶ大きな声が聞こえてきた。

「おーい、長次!!こっちこっち!!」

視線を向けると、そこには深緑の集団。どうやら席を確保しておいてくれたらしい。長次が軽く手を挙げ、それを見た澄姫が一安心とばかりにおばちゃんに食券を差し出した。

「おばちゃん、Aランチと…」

彼女がそこまで喋ると、割烹着で手を拭いながら、奥からおばちゃんが嬉しそうに駆け寄って来た。

「まあまあ、あなたがいろはちゃん?」

優しそうなその風貌に、いろはもにこにこと頷く。

「あらやだ、かわいい子じゃないか!!おばちゃん頑張ってよかったわぁ!!」

その言葉に、長次も澄姫も首を傾げる。そんな2人の目の前にどんと、珍しいものが置かれた。
色とりどりのおかずが少量ずつ、可愛らしい木でできた仕切りのある皿に乗せられている。その中心には、ちんまりと盛られたご飯に立てられたアヒル印の旗。
誰が見てもわかる。用具委員会委員長の仕業だ。

「お子様ランチなんて初めて作ったけど、これ結構楽しいわねぇ!!」

「しゅごい!!これいっちゃんの!?」

「そーよぉ、気に入ってくれたかしら?」

「きゃはー!!これいっちゃんの!!おばちゃしゅごい!!あーとぉ!!」

「あらっ、ちゃんとお礼言えるなんてお利口ねぇ!!」

額を押さえる澄姫と長次をそっちのけで、いろははおばちゃんに褒められてご機嫌。長次が横目で伺った深緑の集団では、これの製作者が何故か照れていた。

「…Bランチ…」

気を取り直して昼食を注文した長次が食券を3枚出すと、おばちゃんは笑顔で一枚をつき返した。
困り顔の彼にいいからいいからと食券を握らせて、AランチとBランチを用意する。根負けした長次が自分と澄姫の分の食事を持ち、彼女は片腕にいろはを抱き、お子様ランチを持って深緑の集団に向かった。

澄姫がいろはを膝の上に乗せようとすると、彼女の横からすっと腕が伸びていろはを浚った。

「それじゃゆっくり食えねぇだろ。俺が面倒見てやるよ」

そう言った留三郎の手から、またもやいろはが浚われる。

「笑えない冗談だよ、留さん。僕がいろはちゃんにご飯食べさせるから」

鼻で笑った伊作が留三郎からいろはを抱き上げると、更にその横から腕が伸びてきて、またまたいろはは浚われた。

「お前は不運で食事どころではなくなるだろう。どれ、私が面倒を見てやろう」

仙蔵のその言葉に、一瞬食堂がざわつく。ずるいずるいと騒ぐは組コンビを完全スルーして、仙蔵はいろはを膝に座らせて留作うさぎ匙でご飯をすくった。

「あー…」

「よく噛んで食べるんだぞ?」

ようやくご飯にありつけたいろはは美味しそうに仙蔵の運ぶご飯を食べている。時々これがおいしい、これがすきだと仙蔵に言っては、笑顔で頷く仙蔵に満足げに笑っている。
それを見て、やっと箸を動かし始めた澄姫の丁度正面…隣の机に座って食事をしていた鉢屋三郎が震えているのに気が付いて、こっそり笑う。
小さく矢羽音が聞こえるので、恐らく今の仙蔵について5年生で内緒話をしているのだろう。
彼の笑い方を見ると、多分、“何あのデレた立花先輩!!笑いたいけど笑ったら殺されそうだから笑えねぇぇ!!”とか話しているんじゃないかしら、と考えて、澄姫は真剣な顔で一度頷いた。

彼女が食べ終える頃には、留三郎、伊作も混じり交代でいろはにご飯を食べさせていた。おばちゃんもカウンターから身を乗り出して、にこにこと見守っている。
最後にとっておいたらしい卵焼きをぱくりと食べ終え、いろはと共にご馳走様、と言うと、黙ってお茶を飲んでいた文次郎が立ち上がり、食器を返しに行くついでにおばちゃんに何か一言二言告げていた。
それを聞いたおばちゃんはにこにこしながら何度も頷いている。
戻って来た文次郎に仙蔵が問いかけると、彼はそっぽを向いてぶっきらぼうに口を開いた。

「こいつを昼寝させるよう頼んだだけだ。午後からは実技だから、連れて行くわけにもいかんだろう」

その言葉に、全員があんぐりと口を開く。確かに、午後は実技で外へ出る。かと言っていろはをまた吉野先生に預けても、きっと今度は寝ぐずりしてしまうだろう。食堂のおばちゃんは午後から夕方までは時間があるし、きっと上手いこと満腹のいろはを寝かしつけてくれる。

「いろはのこと、そんなに考えていたのね…」

「ふっ、見直したぞ」

「「もんちゃん」」

「殴るぞ!!?」

澄姫と仙蔵が声を揃えてそう呼ぶと、文次郎は顔を真っ赤にして怒鳴った。
しかし、嬉しそうに飛びついてきたいろはのせいで、行動には移せなかった。




文次郎の思案どおり、満腹になり大人しくお昼寝していたいろはが目覚めた頃には午後の授業も終わりかけの時間で、ぐずることなく澄姫が迎えに来るのを食堂のおばちゃんと待っていた。
すっかり骨抜きにされたおばちゃんが色々といろはの好物を聞きだして、晩御飯も期待しててね、と気合を入れて仕込みに向かう後姿を見送り、澄姫はいろはを抱き上げる。

「さあ、いい子にしていたいろはをいいところに連れて行ってあげるわ」

「いいところ?」

こてりと首を傾げるいろはを抱いて、澄姫は生物委員会飼育小屋へと向かった。

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