配達天使

小松田さんと手を繋いで、いろははとことこと廊下を歩く。まず向かっているのは、1年生の教室。

「あ、いっちゃんのいだ!!」

「えー、いろはちゃんすごいねぇ、もう字が読めるの?」

教室の前に吊り下がっている札を指差して嬉しそうに言うと、小松田さんがそう言ってこんこんと扉を叩いた。

「失礼しまーす。吉野先生からお届け物でーす」

がらりと扉を開けた小松田さんから配る書類を受け取り、いろははとととっと授業をしている安藤先生に駆け寄った。

「これ、だいじなおてがみです。どーぞ」

「おやおや、これは…どうもありがとう。お手伝いですか?」

「どういたましてー。よしのせんせが、いっちゃんおりこうだからできるねーって、おてちゅだい!!」

「そうですか、お利口さんですねぇ」

「えへへー」

娘がいるせいか、なんだかいろはに優しい安藤先生の姿を見て、い組の子達は笑いを堪えるのに必死だった。去り際ちゃんとばいばい、と全員に手を振って、いろはは小松田さんとまた手を繋ぎ、隣の教室に向かった。

「ここは、いっちゃんのいろはのろ!!」

またも見つけた札を指差し、今度はいろはが先程小松田さんがやったように扉を叩いた。

「失礼しまーす。吉野先生からお届け物ですー」

小松田さんがそう言って扉を開けた途端、いろははばっと小松田さんの足にしがみ付いた。

「わわわっ、いろはちゃん、急にどうしたの?」

「…おばけ、いる…」

その言葉を聞いて、小松田さんはぶっと噴き出した。

「ちがうよ、おばけみたいだけど、ちゃんと人間だよ」

「小松田君…その言い方は…失礼ですよ…」

生気を感じさせない声で、足音を立てないまま、いろはにおばけと勘違いされた斜堂先生はふらりと扉に近付いた。

「何か…御用…ですか…?」

「はうあうあう…よ、よしのせんせが、だいじなおてがみですって、これ、どーぞ…」

「おや…ありがとう、ございます…」

「ど、いた、まして…」

極力いろはを怖がらせないように笑顔で接したつもりの斜堂先生だが、その笑顔が逆に怖い。必死に勇気を振り絞って書類を渡したいろはは、小松田さんの手をぐいぐいと引っ張って、ろ組を後にした。それでもしっかりばいばいと手を振るところが可愛い。

「はーぁ…こわかった…」

「怖くなんかないよ?斜堂先生はとってもいい先生だよ」

小松田さんに宥められたが、いろははすっかり意気消沈。手を引かれるままに扉を叩く小松田さんの隣で俯いて装束を握り締めている。

「失礼しまーす。吉野先生からお届け物でーす」

がらりと扉を開く音に、いろははぎゅっと目を瞑った。よほど斜堂先生が怖かったらしい。

「ご苦労様…ん、なんだ、どうしたんだ?」

そんな怯えるいろはの耳に、優しい声が届いた。

「さっきろ組で斜堂先生に驚いちゃったみたいで…」

そう笑いながら話す小松田さんの手をぎゅっと握って、恐る恐る目を開くと、そこにはにこにこと笑う土井先生がいた。

「…おばけ、いない?」

「はっはっは!!私たちも暗がりで斜堂先生に会うと未だに驚くからな、無理ないさ。ここにはおばけなんていないよ、大丈夫」

「そうそういろはちゃん、ここにいるのは鬼だけさ」

「ぷぷぷ、きり丸ったら上手いこというんだからぁ」

「きり丸、団蔵、お前たち後で説教な」

「「なんで!!?」」

「自分の胸に聞いてみろ!!」

恐々と顔を上げたいろはに優しく微笑みかけ、大丈夫、と頭を撫でてくれた土井先生。…に、チャチャを入れたきり丸と団蔵が悲痛な叫び声をあげて、は組の教室に賑やかな笑い声が広がる。
それを見てホッとしたいろはは、小松田さんから書類を受け取り、土井先生に差し出した。

「よしのせんせから、だいじなおてがみです」

「ん?あぁ、ありがとう……ぷっ」

きり丸と団蔵を睨み付けながらも書類を受け取った土井先生は、それに目を通して急に笑い出した。興味津々に内容を問うは組のよい子たちに、土井先生は大事なお手紙とやらを見せてやった。

「えー学園長先生の突然の思い付きにより、今日から三日間、各委員会にいろはが遊びにいくことになったそうだ。今日は生物・会計・作法委員会、明日は図書・用具・保健委員会、最後が火薬・学級委員長委員会だ」

それを聞いたは組のよい子達はわぁいとはしゃぎ、土井先生がそれを宥める。
良くわかっていないいろはが首を傾げていると、小松田さんがにこにこ笑いながらよかったねといろはを撫でた。

「…うれしーの?」

「そうだよ、みんなが遊んでくれるって」

「みんな!?わぁーい!!」

喜ぶいろはと手を繋ぎ、騒がしい1年は組を後にした小松田さんは、歩幅をいろはに合わせているため珍しいことに転ばない。
それにより、書類が散らばることもなければ混ざることもない。
6年生の教室では少し時間を食ったものの、無事に仕事を終えたいろはとへまをやらかさなかった小松田さんは、珍しく上機嫌な吉野先生に褒められた。

暫くして昼休みを告げる鐘が鳴り、すぐ事務員室に長次と澄姫がいろはを迎えに来た。
上機嫌な吉野先生がいい子でお手伝いしてくれましたよと話すと、2人は嬉しそうにいろはを褒め、昼食を取るために食堂へ向かった。

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