お手伝い

冷たい風が吹く運動場。そこで現在進行形で行われている朝礼。
数多の生徒が、あんぐりと口を開けてぽかんと正面を凝視している。
そこには、嬉しそうな学園長大川平次渦正と、普段通り仏頂面の6年ろ組中在家長次、そして、幼女を抱いたくノ一教室6年平澄姫。

「さぁ、いろはちゃーん、ちゃんと挨拶できるかのー?」

今しがた説明を終えた学園長が、もうなんというか、蕩けきった猫なで声で喋る姿はどうしても笑いを誘うのだが、生徒たちはそれどころではない。
突然朝礼と言われ、また迷惑な思いつきかと呆れて出てみれば、『未来からやってきた(っぽい)中在家長次と平澄姫の娘のいろはちゃんじゃ。この子が無事に帰れるまで全員でしっかり面倒を見るように』なんて言われて、教師も含めとうとう学園長先生がボケてしまったと唖然とした。

しかし、恥ずかしがって澄姫の胸に顔を埋めていたいろはが長次に促されてくるりと生徒たちのほうを向いて

「あぅ…なかじゃいけ、いろはっていい、ましゅ。いいこにするので、いっしょにあそぼーね…」

と、もじもじ挨拶をし、また澄姫の胸に顔を埋めてしまった姿を見て、ほぼ全員の顔がでれりと蕩けた。

「おーおー、お利口さんじゃのー!!」

「がくえーちょせんせー、いっちゃん、ちゃんとできた?」

「できたともできたとも!!」

「きゃー!!」

かくいう学園長ももうでれでれで、わっちゃわっちゃといろはの頭を撫でて、喜ぶいろはを見て更にでれでれ…完全に懐柔されている。

「ほっほっほ…と、いう訳で、解散じゃ」

その一言で、全員がすっ転んだ。本当に紹介だけの朝礼だったようで、学園長は煙玉を投げてそそくさと姿を消した。
それと同時に、全学年が一斉に長次と澄姫のところ…正しくはいろはに押し寄せる。
上級生は物珍しさ、下級生…特に一年生は、自分たちよりも年下の子が来たことが嬉しいのだろう、ぎゅうぎゅうに詰め寄ってわいわいといろはに話しかけている。
そのあまりの勢いと人数の多さに、いろははすっかり萎縮してしまい、ぎゅうと澄姫にしがみ付く。
困り果てた彼女が長次を見たその時、生徒たちの後ろから厳しい声が聞こえた。

「こらこら、そんなに大勢でいきなり押し寄せてはいけませんよ!!もうすぐ授業が始まりますから、教室へ戻りなさい!!」

わぁ、と蜘蛛の子を散らすように走っていった生徒たち。その後ろから現れたのは、忍術学園の道具管理主任を任されている吉野作造先生だった。
吉野先生はやれやれ、と言って小さく息を吐くと、その騙し絵のような顔を綻ばせて、いろはと視線を合わせた。

「初めまして、いろはちゃん。私は吉野作造。吉野先生と呼んでください」

怯えていたいろはがその優しい声に、おっかなびっくりだが小さく頷いた。
それを見て、吉野先生は優しく微笑み、よく聞いてくださいね、と前置きする。

「これから、いろはちゃんの父上と母上はお勉強のお時間です。その間、いろはちゃんにも私のお仕事をお手伝いしていただきます」

「おてちゅ、だい?」

「そうです。お利口さんないろはちゃんは、父上と母上が一生懸命お勉強している間、いい子にお手伝いできる子ですか?」

吉野先生の言葉を聞いて、いろはは不安そうに長次と澄姫を見上げる。やはりまだ小さいので2人から離れるのは寂しいが、何かを悩んでいる、そんな様子だった。
あうあう、と眉を下げているいろはを見て、長次は静かに語りかけた。

「…いろは、どんなお手伝いができるか…父様に見せてくれ」

その一言で、いろははぐっと口を噤み、しっかりと頷いた。

「いっちゃん、おりこうさんだからおてちゅだいする!!」

そう言って、うごうごと澄姫の腕から吉野先生に移り、桃色の装束をぎゅっと握って、少し寂しそうに2人に手を振った。

「吉野先生、よろしくお願いします」

「大丈夫ですよ。さ、2人も早く教室に戻りなさい」

いろはを抱いた吉野先生に促され、何度も何度も振り返りながら、2人は6年生の教室に向かっていった。
見えなくなった2人に寂しそうな顔をしながら、いろはもまた吉野先生に連れられて事務員室に向かった。




事務員室の扉を開けると、まず目に入ったのは散らかった紙の束。そしてそこに埋もれている小松田さんの姿だった。

「こーまーつーだーくーんー!!」

「ひゃああ!!吉野先生!!って、あ、えーっと…ほへとちゃんだっけ?」

「ちやう…いっちゃんいろは。おにーちゃんだあれ?」

吉野先生が小松田さんを怒鳴りつけるために床に下ろされたいろはが、名前を間違えた小松田さんに訂正を入れつつ首を傾げる。

「僕は小松田秀作、よろしくね」

ほにゃ、と笑いながらしゃがんで手を差し出してきた小松田さんにいろはが戸惑っていると、小松田さんはいろはに握手、と言ってその小さな手を握った。
その間に散らばった書類を集めて組ごとに分け終えた吉野先生が、手招きしていろはを呼んだ。
素直にとことこと近寄ってきたいろはに、吉野先生はわかりやすく噛み砕いて、仕事内容を説明してやった。

「ではいろはちゃんに早速お手伝いをしてもらいます。この紙はとっても大事なお手紙です。今からこれを小松田秀作お兄さんと一緒に、黒い着物を着た先生たちに配ってもらいます。たくさんありますが、できますか?」

「おてがみ…せんせにどうぞってするの?」

「そうです。階段もありますが、転ばずに、泣かずに、お兄さんと一緒に行けますか?」

「いっちゃんできるよ!!」

ふん、と元気良く手を上げて、いろははしっかりと返事をした。それを聞いた吉野先生は、小松田さんに書類の束を渡して、ちゃんと手を繋いで配ることをいろはに約束させた。

「いいですか、ここはとても広いので、迷子になっては大変です。いろはちゃんも、小松田秀作お兄さんが迷子にならないように、しっかり手を繋いでいてくださいね?」

はぁーい、と既にしっかり小松田さんと手を繋いだいろはは、にこにこと笑う小松田さんにすっかり慣れたようで、元気に事務員室を出て行った。

「………聞き分けがいい上にしっかりしている。更に小松田君の面倒も見てくれるなんて、これではこちらがお世話になりそうですね」

久々に、本当に久々に静かで散らかっていない事務員室で、吉野先生は嬉しそうに笑って湯飲みにお茶を注いだ。

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