ドS陥落

騒がしい食事の後、ふらりとどこかに消えた留三郎が、何かを抱えて戻ってきた。

「ほら、いろはの装束だぞー」

そう言って澄姫の目の前で、くノ一教室低学年用の桃色の装束をひらりと広げる。いつの間に測ったのか、通常よりも随分小さいその装束は、いろはの体にぴったりだった。

「留三郎…すごい、というか気持ち悪いわ」

じと目でそう感想を述べると、留三郎はほっとけ、と怒鳴った。
しかし、いつまでもぶかぶかの1年生用の井桁装束を着せているわけにもいかないので、勧められるままに着替えさせ、伊作の提案で学園を練り歩き、いろはを皆に紹介しよう、ということになった。

「かあさま、にあう?」

桃色の装束に着替えたいろはは、嬉しそうに両手を広げてその姿を澄姫に見せた。そんないろはのお尻をぽんぽんと叩き、彼女は笑顔で頷く。

「ええ、よく似合うわ、可愛いわよ」

そう言ってやると、いろはは嬉しそうに小さな両手で頬を押さえ笑った。
上機嫌のいろはの手を引いて部屋を出ると、廊下で待っていた留三郎と伊作がでれでれしながら可愛い可愛いと手を叩く。
そんな彼らを冷めた目で見つめ、澄姫はいろはを抱き上げて、まずは6年生全員に会わせようと6年長屋に向かって歩き出した。

「かあさま、どこいくの?」

「まずは仙蔵と文次郎のところ、それから小平太と長次のところ」

不思議そうに問い掛けたいろはは、澄姫のその言葉に両手を挙げて喜んだ。




「仙蔵、文次郎、いる?」

扉越しにそう問い掛けると、部屋の中からどうした、と返事が返ってきた。
そしてからりと扉が開き、顔を出した仙蔵が澄姫をみて、やっぱり固まった。

「澄姫…お前、いつの間に…」

「かくかくしかじか!!」

唖然と呟いた仙蔵に怒鳴るように説明すると、澄姫の腕の中で大人しくしていたいろはが急に暴れ出した。
驚いた彼女が下ろしてやると、いろはは仙蔵の股下をくぐり部屋の中に駆け込んで、無心に腕立て伏せをしていた文次郎に嬉しそうに抱きついた。

「もんちゃん!!もんちゃん!!」

「な、なんだぁ!?」

突然のことに驚いた文次郎が、体を起こして何故か正座でいろはと向き合う。その姿に、思わず仙蔵と澄姫が噴き出した。

「も…もんちゃん…ぶっくく…」

「お、おさるみたいで可愛いじゃない…んふふ…」

「聞こえとるぞバカタレ!!」

2人の笑い声に顔を真っ赤にして怒鳴る文次郎にも同じように説明すると、彼はガシガシと頭を掻いて、ニコニコと嬉しそうないろはを抱き上げた。

「随分と懐かれているな、もんちゃん」

「殴るぞ」

茶化すようにそういう仙蔵に、文次郎が歯を剥いて唸る。そんな怖い顔をしているにも拘らず、いろはは文次郎にべったりくっついて嬉しそうに笑った。
そんないろはの様子に一番驚いていたのは留三郎で、彼はどこから取り出したのか可愛らしい木彫りのアヒルをいろはに見せ付けてこっちにおいでと呼んでいる。しかし、いろははアヒルは気になるものの文次郎から離れようとしない。

「いっちゃん、もんちゃんがいい…」

がっくりと項垂れた留三郎を見て、伊作が同じようにいろはを呼ぶも、ぷいと顔を背けられてしまってその場にがっくりと項垂れた。

「ははは、振られたな、ははは!!」

その姿を見てとても嬉しそうに爆笑していた仙蔵が、どれ、と戯れにいろはを呼ぶと、なんといろはは文次郎から離れてとことこと仙蔵に近づいた。
そして、その小さな手を伸ばして、恥ずかしそうに俯いて呟いた。

「せんちゃん、だっこ、してー…」

それを見た仙蔵の楽しそうな笑顔が一瞬にして真顔になり、手を伸ばしているいろはをそっと抱き上げた。

「……可愛いではないか…」

「「えっ!!?」」

薄らと頬を染めていろはを抱く仙蔵の口から零れた呟きに、澄姫と文次郎は目を剥いて驚いた。
立花仙蔵、まさかの陥落である。
澄姫が末恐ろしい、といろはを見ていたら、仙蔵がいろはを抱えたまま部屋を出て、廊下を歩き出した。

「仙蔵?」

「小平太と長次のところにもいくのだろう?…私も、行く」

不思議そうに澄姫が声を掛けると、仙蔵は振り返らないままそう呟いた。その姿に唖然とする文次郎。
しかし澄姫はくすくすと笑いを噛み殺し、可愛いところもあるじゃない、と小さく呟いた。

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