対面

仙蔵に言われた事を頭の中で否定し続け、澄姫はとりあえず自分の目で確かめるために風呂場へと向かった。
小平太を何とか引き剥がし、忍務で汚れた装束を脱ぎ、体を流して湯船に身を沈める。
そして、とりあえずは聞かされた話を思い出し、状況整理をする。

(突然空から降ってきた女、か。受け止めたのは伊作。さすが不運ね。その場に居たのは6年生全員。しかし仙蔵と小平太は女を嫌悪。その他は…)

どうしても思い浮かんでしまう恋仲のこと。

(学園長先生は女を学園に置くことを決められた。まぁただの女であれば放り出されれば死ぬだけだものね。ということは間者である可能性はないに等しい、か)


そこまで考えて、ふと。

(そういえば、6年生以外の学年はどういう状態なのかしら)


「やはり一度会わないことには、さすがの私でも何もわからないわね」

そう一人ごちて、澄姫は浴槽から上がる。


(天女様…か。そこまで言われるとは、この忍術学年一の美貌を誇る私よりも美しいのかしら?)





入浴を終え、新しい装束を身に纏い、仙蔵と小平太と合流した澄姫は天女が居ると言う食堂に向かった。


「なによ、これ」

思わず澄姫は呟く。

それも当然。食堂は未だかつて見たことのない状態になっていた。
遠目に見える少女を深緑が取り囲み、その周りに紺色、濃紫が集っている。
食事時でもないのにこの混雑具合、一体どうなっているのか。

しかし澄姫はその異様な集団に近付く前に、端に居る忍たまに目が行った。
まるで異形のモノに畏怖するように食堂の隅で小さくなる彼らの傍に行き、澄姫は一番手前に居た弟と同学年の少年に声をかける。

「三木、こんな隅っこで何しているの?」

澄姫の声にはっとしたように顔を上げた少年、田村三木ヱ門は澄姫の姿を視界に捉えると同時にうっすら涙ぐんだ。

「澄姫先輩…戻られたんですね、お帰りなさい」

そして先程の小平太のように、澄姫の腹に顔を埋めて静かに泣き出した。
そんな三木ヱ門の頭を優しく撫でてやりながら視線を動かし、自分の委員会の後輩の姿を捕らえると静かな声で冷たく言い放った。


「ハチ、説明なさい」



背筋も凍るような冷たい声で命じられた八左ヱ門はびくりと叱られた犬のようにその大きな体を揺らし、周りに聞こえないように

「ここでは…飼育小屋の前で…」

と呟いた。





結局天女と対面しないまま、澄姫は仙蔵、小平太と共に三木ヱ門を連れ食堂を出て八左ヱ門と飼育小屋の前まで移動した。
飼育小屋は生物に直射日光が当たらないように木陰に立てられ、周りには木が生い茂っているため、隠れようとしても葉が鳴るので潜みにくい。
加えて最上級生が3人も居る以上、話を聞かれるということはなさそうである。


「ハチ、私は報告ついでに学園長先生と仙蔵たちからある程度の話は聞いているわ」

澄姫が周りの気配を伺ってから、静かに口を開いた。

「だったら話は早いです。先輩が忍務に発った翌日、6年生の実技の途中で天女が空から降ってきて、6年生立花先輩と七松先輩以外はあの状態。5年生は俺以外、4年生は田村以外が、同じような状態です。3年以下の下級生は全員正気みたいですが、直接確認したわけではないので…」

三木ヱ門の背中をさすってやりながら、八左ヱ門はそう説明した。
澄姫は仙蔵たちから聞いたことと同じような内容に溜息をつく。

「仮にも忍者のたまご。しかもその上級生が、そろって警戒もなく突然空から降ってきた女に鼻の下伸ばしたっていうのは、どういうことなの?しかも」

そこで澄姫は一旦言葉を区切り、苦虫を噛んだような表情で唸る。


「私の可愛い弟も、愚弟に成り下がったということ?」


その場にいた4人はその表情に思わず縮み上がる。

「で、鼻の下伸ばしてない貴方達はまた、どうして?」

そういえば、とでもいうように、澄姫は疑問を口にする。

「七松先輩と俺は、あの女からする匂いがダメで傍に寄れないんですよ」

「におい?そういえばさっき小平太もくさいとか…どんな匂いなの?」

「うーん、なんか腐ったような匂いがするんだ」

小平太が説明は苦手だ、とカラカラ笑いながら言う。それに八左ヱ門も頷いた。

「そうなんすよ。なんかどっかで嗅いだことあるみたいな…で、田村は…」

ちらりと泣いていた後輩に視線を向ければ、すっかり泣き止んだ三木ヱ門が

「私は興味ありません。ユリコやサチコやカノコやハルコの方が可愛いです」

と言い放った。

「なるほど。三木、そこに私は含まれてないのね?」

澄姫がとろりと流し目を送ると、三木ヱ門は真っ赤になって

「勿論一番美人は澄姫先輩です!!」

と慌てて告げる。それに気をよくした澄姫は呆れ顔の仙蔵に問いかけた。

「仙蔵、貴方はどうして?」

後輩をからかって遊ぶな、とでも言いたそうな目をしていた仙蔵だが、呆れたように溜息を吐き、目を閉じた。

「フン、あんな凡人ごときに完ッ璧な私が惑わされるか」

「あら、私はまだしっかりと見ていないのだけど、凡人なの?天女なのに?」

「あぁ、凡人だ。そこらにいる町娘となんら変わらんだろう」

ふふふ、ホホホ、と笑いながら禍々しいオーラを振りまき結構酷い事を言う二人の6年生。



八左ヱ門は

(そりゃ美男美女の貴方達と比べたら天女もかすむでしょうよ)

と思いながらも、命が惜しいので決して口には出さなかった。

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