<LIFE>


―――今日の東京は快晴、例年よりも7℃も高い真夏日で、気温は日中、37℃まで上昇するでしょう。外へお出かけになる方は熱中症などに十分お気を付け下さい――――。

 アナウンサーが笑顔でそう伝えているのをテレビで見ながら朝食を食べた、本日。


 一緒に出かけませんか、と言ったのは椿だった。
 奥手の坊やがまぁ珍しい、と思ったけれど、やる時はやる子だって事も知っている達海は満足げににやんと笑って了承した、それは一昨日の事。

 お互い車という移動手段を持っていないため、駅での待ち合わせを決めて、本日、太陽がさんさんと降り注ぐ青空の真下達海は椿を待っていた。

 Tシャツにジーパンと、ラフな格好に誰もそれがETUの監督だと気付かないあたりが楽だ。
 しばらくすると椿も似たような格好であらわれて(彼はキャップと被っていたけれど)「すみません!待たせてしまって!」なんて。

「ハハ、走ってくるなんて椿らしいね」

 言えば真っ赤に顔を染めてしまった。

 どこへ行くとも決めていなかった椿に、しょうがねえなと、手を引いて駅のホームへ人波に流れながら入っていく。


「あ、あの、達海さん」


 困ったような声を出す椿が、繋いだ手を気にしているようで。
 達海は瞬きを一つして、離れんなよ、改札口を通る時に手を離した。




カタン、カタン。

『次は―――、次は―――、』


 10年前よりずっと便利になったこの交通機関は、降りる駅が決まっていなくてもかまわない。
 改札でカードを押しあてれば、あとは行きたいところまで行けばいい。
 それを10年前にしようとすれば、隣駅まで買って、行きたい処まで行って降り口で清算、なんて手間がかかるのに、もうそれすら無い。
 昔より、気ままさが、自由さが、其処にはある。
 と、達海は感じている。
 すぐに電車が来るせわしなさは、海外に比べてあるにはあるけれど、そんな事は時間を気にしない達海には全く関係ない。

 さらに言うなら、隣には自分の恋人がいる。
 電車を待つ時間だって、乗ってる時間だって、なんの苦にもならない。





カタン、カタン。

「何処へ行くんですか?」

「ないしょー、何処だと思う?」

「・・・全然わかりません」

「ヒントは、ちょっと遠い」

「・・・それヒントですか?」

「えー、わかんないのー?」




カタン、ガタンッ

「おわっ」

「わ、達海さん、大丈夫ですか?」

「ハハー、(椿君が支えてくれたから、平気)」

「っ―――、」

「あれ、もう終わり?支えててくれてもいいのに」

「っ、た、達海さんっ(そんな恥ずかしいですよ)」

「冗談だって、んニヒーっ」





キーーー、プシュー。

「んあ、此処で乗り換え」

「・・・わー、こんな駅で降りた事ないです」

「俺も。・・・10年ぶりくらい?」

「・・・達海さん、俺一応ケータイ持ってますから。その、迷ったら言ってください」

「ハハー、大丈夫だって、信じてちょーだい、ダーリン」

「っ・・・、は、はい!ハニー!」

「くっ・・・ハハ!お見事ー」





カタン、カタン。

 乗り換えた電車の中は、他に人が2、3人いるくらいだ。
 平日の昼間というのもあるかもしれない、その人の少なさに椿がようやく息をついた。
 隣に座っている達海はそれをちらりと確認して、心の中で苦笑した。


ったく、今までどうやって女と付き合ってきたんだか。

こんなじゃあ、相手してくれんのは年上のおねーさんくらいじゃないの?

・・・、ハハ、しっくりき過ぎてる、同い年なら・・・椿みたいなペースの子じゃなきゃ確実に物足りなくて長く続かないだろうなー。


 思いながら、こてんと椿の肩に頭を預ければ、その肩は予想通りに揺れた。

「――駅で降りるから、着いたら起こして」

「え、達海さん、あの」

「昨日遅くまで試合見ててさ、ちょっと寝たいのよ」

「はい・・・」

 頷いた椿が、おずおずといった風に手を重ねてくる。
 自分よりも人の眼を気にしていた椿がやっと、閑散とした電車内で意識を自分によこした。


ピッチの上のがよっぽど見られてんのに。


 達海は握られた手と、心地良い電車の揺れにとろりと意識を溶かしていった。



―――――――――――――――――



 降りた駅は、昔より整備されていて、あれ、こんなんだっけ?と少しタイムスリップをした気分になった。
 気温が午前中よりも上昇した気がする。
 時刻を見れば、午後1時を少し過ぎた所だった。
 ああ、もう少しで本日の最高気温だ、なんて頭の隅で思いながら、達海は椿と駅を離れた。

「海が近い・・・?」

 すん、と鼻を鳴らしきょろきょろする椿は、まるで子犬だ。
 笑いをかみ殺して、
「うん、もうすぐ砂浜が見えると思う、」
 と言えば、嬉しそうな横顔が目に入る。


 暑い、暑い、と言いながらも、海からの風は少し強くて、通り抜ける風は気持ち良い。
 椿が被ってるキャップは正解だわ、とぼんやり思いながら、Tシャツをパタパタと揺らして空気を通す。

 途中でスイカバーを買って少し休憩して、また少し歩けばすぐに海が見えた。


 ちらほら人気はあったけれど、ほとんどが地元のサーファーだった。
 この暑さであっても、まだ海開きをしていないらしい。
 ジリジリと、鉄板の上を歩いているような砂浜をのんびり歩いて、何をするわけでもなく腰を落ち着けた。


 ざぁぁん、と繰り返し繰り返し満ち引きする波の音をBGMに、達海は椿と他愛ない話しをする。
 その内それはサッカーの話になって。
 砂浜にフィールドを書いてあれやこれやと話して。
 結局、何処にいたって、自分たちの話のメインがそれになってしまい、お互い知らずに笑ってしまった。


ワゥワゥ!

 遠くで犬の鳴き声が聴こえる。
 散歩に来た犬が主人の投げるフリスビーを追いかけて器用にキャッチしている姿が遠く遠くに見えた。


ああ、そうだ。


 ある事を思いつき、達海はポケットに手を入れる。


「お前に渡すモノあったんだった」

「・・・?」


 見えないように手のひらに閉じ込めて、感触を確かめて。

 達海は勢いよくそれを目の前に広がる砂浜へ投げた。

「とってこーい!」

「え!?はあ!?」

「ちゃんと見つけてこいよー、お前へのプレゼントだ」


 蒼白になって、真っ赤になって、忙しい椿の顔は、その言葉に一瞬で真剣な顔になると、落ちていった方へ駆けていった。

 その後ろ姿をハハー、と笑いながら達海は見送る。
 ジリジリと照りつける太陽が真上から少し傾いて、気温は本日最高に達す頃あい。
 両手を額に翳して日差しを遮断する。
 じんわりと浮かぶ汗が海風に乾き、また汗が出ての繰り返し。
 10メートルほど先で四つん這いになりながら砂浜を漁る椿に目を細めた。




 達海は。
 椿を縛るつもりは一切無い。
 椿は自分の恋人だけれど、椿は椿の細胞一つまで椿のもので、それを自分のものだと言うつもりは無い。
 それが達海の愛だった。

 けれど椿にとって、それは望むものではないらしい。
 自分の一挙一動に百面相をして、夢中になって、本当に犬のような彼は。
 達海を独占したいのに遠慮して、貪欲な癖に自信がない。

 ちぐはぐな椿は、それでも達海を求めて、縛りたがってくる。
 そして、求められて、縛られたがっている。

 達海は眩暈を感じられずにはいられない。
 達海を求める椿はまるで今日のようにまぶしすぎる。


熱さに、あてられちゃったよ、俺も。


 未だ懸命に達海の投げたものを探す椿が、
「何投げたんですかー!」
 と聴いてくる、
「ないしょー!ヒントは小さいー!」
 と返せば、
「それヒントじゃないですよぉー!」
 と返ってきてニヒーと、笑った。


 例えば、こちらが好きだ好きだと言っていても、どこからかネガティブの種を拾ってくる(おそらくチームメイトからだろうけど)椿が。
 喧嘩もなにも無いうちに気付いた時には落ち込んでいたりする事のないよう。
 こんなものひとつで自分たちが恋人同士だって自信を持ってくれて。

 欲を言えば・・・、自分の大半を既に、独占しているんだと解ってくれるんなら。

 縛るつもりは一切ないけれど。

 要は達海にとって、椿が良い状態が、良いから。


歳とると言い訳くさくなってやだねー。


 そう思いながら、自分に失笑した。








ザザン―――、ザザン―――。



 何かを見つけたらしい椿の動きが止まる。

 砂からそれを持ち上げた椿が、勢いよくこちらを向いた。


「ハハ、良くできました、」


 額に当てた右手を、見せつけるように椿に翳す。

 薬指に嵌められたそれがキラリと反射したのと、椿が立ちあがりながら走りだしたのは、果たしてどちらが先だったか。

 一陣の風と共にやってくる。
 椿の被っていたキャップが風に飛ばされて青空へ舞ったのを眼で追って。
 直後、目の前で両手を広げている椿に目を大きくさせた。



ドシャァン!

「おわっ、ハハー、お前ほんっと犬ころみたいね」

「達海さん、達海さん達海さん!」

 手加減無いタックルに砂浜に倒れ込んだ達海は、上に被さってきた椿の背に手を当てる。
 首元に顔を埋めてぐりぐり頭を振る椿は先ほどみた犬にそっくりだ。


「つーばーきー、あーつーいー」

 熱せられた鉄板のような砂浜と熱そのもののような椿の身体にサンドされては堪らない。
 椿を押しやり上半身だけ起き上ると、椿は顔を真っ赤にさせてまっすぐ自分を射抜いていた。
 達海の、大好きな眼で。


「好きです、好きです、猛さん」


「・・・うん、解ってるよ、大介」



 再び伸しかかるように抱きしめてくる椿をなんとか受け止めて、達海は天を仰ぐ。


 果てない青空、海と出逢う水平線、心地良い風、運ばれ届く波の音。
 照りつける太陽、肌を焼く熱。

 全てがあの頃と同じなのに、あの頃よりずっと鮮やかに五感を刺激する。






「好きです」



 まだ言うか、と思って笑えば、さらに強く抱きしめられた。




―――今日の東京は快晴、例年よりも7℃も高い真夏日で、気温は日中、37℃まで上昇するでしょう。外へお出かけになる方は熱中症などに十分お気を付け下さい――――。




「あっつー・・・」




 もそりと動く犬ころ、こつりと額を合わせられて、ほんとだ、暑い。なんて。

ほら、コイツは。
やるときゃやるんですよ。


 触れる唇に、眩暈。


ああ、熱中症だ―――。






END.

後書き
背景描写も何もない駄文をお読みいただきありがとうございました^^
心暖かな皆様に、どうか描写云々は脳内保管していただけたら幸いです(笑)