ペダル | ナノ

最凶コンタクト

リーゼントだった荒北くんが髪をバッサリ切ってサッパリしたことだけでもクラスでは結構な話題だったのに、彼が自転車競技部に入部したことはさらにみんなを驚かせた。

「し、新開くん?あれ、荒北くんだよね?何でここにいるの?」
「さぁ?俺にもわからないな、寿一が連れてきたんだ」
彼はローラーの上でロードに跨り汗だくになりながら福富くんに文句をたれていた。


正直彼が怖かった。
凶暴な肉食獣を彷彿とさせる鋭い目つき、いつも捲し立てるかのような荒々しく刺々しい言動…私はできるだけ、近付かないようにしていた。

それなのに

「最上、荒北にドリンクを持っていってやってくれ。水分補給もしないまま外に行ってしまった」
「………」
「どうした?」

たとえ福富くんの頼みでも行きたくない。それが正直な本音だったけど2時間もぶっ通しでローラーをほぼ全力で回していた彼がかいていた汗は尋常な量ではなかった。水分補給が直ちに必要なはずで…ワガママを言っている場合じゃないのは明白だった。

「わ、分かった…イッテキマス…」
「おめェさん、露骨に嫌そうな顔してるなぁ」
新開くんが楽しそうに笑っていた。

トレーニングルームを出ると彼の姿はすぐに見つかった。涼しそうな木陰で、苦しそうに肩で息をしていた。
どうしよう、なんて声かければいいんだろう。声をかけたらまずあの鋭い目で睨まれそう…何見てんだコラとか言われる絶対、こわい。気配を消してそっと近づいてボトルを置いて逃げちゃおうか…そうしよ…

面倒ごとは御免だし、波風なんか立たないことに越したことは無い。
だから恐る恐る慎重に彼に近づいていた私の足元にまさか小枝があって、それを踏んづけて折れた音によって荒北くんに気づかれるなんてベタな展開が起こり得るなんて誰が想像しただろう?

鋭い眼光は私を捉え下から上まで一瞥してきた荒北くんは言った。

「あァ?何見てんだコラ」

ほら、予想通りの怖い顔。気にすることは無い、ボトルを渡して戻ればいいだけ…
なんだけど…

「………」
「………」
「何なんだテメェ!!」
「ヒッ…」
「なんで涙目になってんだよ!っつーかもう泣いてんじゃねェか!!」

…え?
触れてみた頬は濡れていた。
『…あれ?なんで、あたし…』
それに気づいてしまったら、涙はどんどん溢れてきて止めることが出来なくなってしまった。

「おま…ふざけんな!俺が泣かしたみてェになってんじゃネェか!」
「だ、だって荒北くんの顔…怖いんだもん」
「ッセ!この顔は生まれつきだバァカ!」
「こ、声も言葉遣いも…怖いし」
「……っ!!」

「アーッ!最上が泣いているではないか!」
「!!??」
荒北君の声は大きくてトレーニングルームにまで届いてたらしい。東堂くんの声で更にみんな出てきてしまった。

「どうした?なにか意地悪されたのか?」
「べつに何も…」
「ウソをつくな、現に泣かされているではないか」
「知るか!こいつが勝手に泣き出したんだよ」
「ドリンクを持って来ただけで泣くことなどあるか!貴様がなにかしたんだろう!」
「…あァ?ドリンク?」
再び、鋭い眼光は私に向いたけれど矛先は私が握りしめていたボトルを捉えていたのがすぐに分かった。

「…チッ、そうならそうと早くいえバァカ!」
荒北くんは私から奪い取るようにボトルを取り上げ、かわいた喉を潤しながらトレーニングルームに戻っていった。


「大丈夫か?最上」
「うん、ほんと、大丈夫だから、何でもないから」
真実を伝えても心配そうな東堂くん。彼やほかの先輩達にもほんと申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

荒北くんにも、謝らないといけないなぁ…

「擦ると赤くなるぞ!」
袖で涙を拭っていたら、東堂くんに怒られた



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