1059 | ナノ

せんせい

外は雲ひとつない晴天

眩しい陽射しが降り注ぐ

『こんな日はどこか遠くに行きたくなりますね、元就さま』
縁側から空を見上げ鈴は部屋に居る主君に問いかけた。

………

返ってきたのは沈黙
そして書物を捲る小さな音

『無視しないでください!元就さま』

書物に夢中になると耳に蓋でもしたかのように声が届かなくなる元就さま

悔しいから耳元で声を張り上げてやる

そうすれば元就さまの目はわたしを映す

『どうしたんだい、鈴。急に大きな声を出したりして…』

元就さまは目をしばたたかせて私を見上げている

『急にじゃないです、何度声を掛けても反応が無いんですから…』

頬を膨らませ不満を露にする

『ハハッ…悪いね、どうも書物を前にすると回りが見えなくなってしまってね』

そう言ってまた書物に目を戻そうとするからその前に元就さまの手から其れを奪い取ってやる

そんなわたしを悲しげに見上げる元就さまは子犬のようで…

キュンとした

『今日はこんなに天気が良いんですから、元就さまもたまには外に出ましょう。ね?気持ち良いですよ』

頭をポリポリ掻いて、元就さまは外を見やる『うん…、確かに天気はいいね』

元就さまはゆっくりと重い腰をあげた
そして日の当たる縁側から庭を眺める

眩しそうに目を細め呟いた。

『気持ち分かったよ、たまには太陽の日射しのもと本を読むのも悪くないね』

『そ、それじゃあ普段と全く変わらないじゃないですかァアッ!』

鈴は元就が再び手にした書物を奪い取った

『じゃあ君は僕にどうしろと言うんだい?外での過ごし方なんて…読書くらいしか思い付かないよ』

『博識な元就さまでも知らないことがあるんですね』

鈴の言葉に元就は少し照れたように笑った

『私が読んだ本には載っていなかったからね』


『でしたら…外での過ごし方を教えてあげます!今日は私が元就さまの先生です』

いつも教えてくれる元就さまに私が教えてあげられることなんて、一生の内でこれくらいしかないんじゃないかな…

『で、先生は外ではどう過ごすんだい?』

心なしか楽しそうな元就に鈴の心は浮き足立つ


野原に花を摘みに行ったり…

『良い歳した武将がお花摘…はないんじゃないかな』

木登りしたり…

『そんな危ないこと私も、鈴にもさせられないよ』

魚釣りとか…、山菜取りに行ったり…、武将さんなら鷹狩りが流行ってるんじゃ…
鈴の案を聞いた元就はポリポリ頭と掻いた

それ、元就さまは気づいてないみたいですけど…癖ですよね


『何をするにしろ…ちょっと遠くまで行かなきゃなるまい、ね』

『では今から参りましょう、オニギリくらいならすぐ作って来ますから』

幸いまだ日は高い

『そうだなぁ、たまにはそうゆう過ごし方も悪くないかもね』

にっこり微笑む元就さま
わたしもつられて笑みを溢した

ところで…

『鈴は馬に乗れたかな?』

『え…』

『歩いて行くには山も川もちょっと遠いだろう?馬で行くのがいいと思うんだが…?』

『…私、乗ったこと無いです…』


空の天辺で燦々と私たちを照らしていた太陽は、気付けは西の空へ傾き始めていた

『そう、ゆっくり、馬と呼吸を合わせて…』

『…は、ハイッ』

今日はもう、遠乗りは無理そうだ…

『ほら、ボーッとしてては落馬してしまうよ』

『ハイッ元就先生!』



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