恋愛微熱36.9℃ | ナノ

きっかけは唐突に

「この中で、彼氏にするなら誰がいい?」
及川さんがマネージャーである妃乃さんへ問いかけた何気ない質問から始まった。
及川さんは自信があったのだろう。自分が選ばれると…

「んー…」
彼女はその時部室にいた及川さん、松川さん、花巻さん、岩泉さん、矢巾、そして俺渡、その6人をチラリとも見ず即答した。

「マッキーくん」

「え、なんでマッキー?」
「え、なんで俺?」
選ばれると思っていたのに選ばれなかった人と、選ばれないだろうと思っていたのに選ばれた人が声を揃えて聞き返した。

「う〜ん、」
彼女は書いている途中だった部誌から顔をあげ俺たちの方を見てつぶやくようにいった。
「…なんでって…なんでかな…?」
普段からぽーっとした雰囲気のあるおっとりした彼女。よく気の利く先輩だけれど、テキパキという仕事ぶりではなく、彼女の仕事が終わるのを談笑しながら待っている、その最中だった。

「なんだよ、何となくかよ…ちょっと浮かれちゃったじゃん」
「へーんだ!マッキーざまぁだよーん」
「それでも選ばれたんだぞ?喜べ、選ばれてねー及川は黙れ」
「ひどい岩ちゃんだって選ばれてないくせに!」
「うっせー!俺はそんなん興味ねぇよ!」
「まぁまぁ…」

いつものように騒がしくなる部室、彼女はその様子を眺めにっこり微笑んでからまたノートに向かって顔を伏せた。

そんなマイペースでほわほわした彼女は部員たちからいろんな意味で慕われていた。優しいとか、かわいいとか、癒されるとか、…胸が大きいとか。
そんな人気のある彼女に、なんとなくでも彼氏にしたいと思われた花巻さんは顔には出てないけど、嬉しかったんじゃないかなと思う。

花巻さんは喧嘩を始めた及川さんと岩泉さんから離れ部誌の続きを書き始めた妃乃さんの元に歩み寄った。
視界に影ができてふと彼女は顔をあげた。
「どうしたの?」
「んー、まぁ、なんとなくとはいえ、俺を選んでくれたお礼にプチシュー一個やる」
「えっ、いいの?」
「おー、うまいよ期間限定スイートポテト味」
「わぁ、ありがと、うれしい」

なんの気なしに二人を眺めていた俺が、つい、赤くなってしまった。花巻さんの手から妃乃さんの口元へ運ばれる小さなシュークリームをそのままパクリと食べてしまった彼女。なんてことないその光景が、あまりに自然で、あまりにいい雰囲気だったから。

「あー!!なにイチャイチャしてんのさ!!」

及川さんの声に弾かれたようにみんなが二人を見る。
一斉に視線を受けてもぐもぐとシュークリームをほおばる妃乃さんと花巻さんは顔を見合わせた。
「俺を差し置いていい雰囲気になるなんて許さないよ!」
「いや、別にお前は関係ねぇだろ?」
「いーや!マッキーだけいい思いするなんて俺は許さない!」
「ジャイアンかテメーは」
「ジャイアン??どっちかっていうと出木杉君だよ俺は!」

再び始まる騒がしい喧嘩。
それを眺めながら俺の耳は二人の会話を、しっかりと捉えていた。

「…いい雰囲気だったってさ」
「…うん、そうみたいだね」
「…じゃあさ、付き合っちゃおうよ、俺ら」
「…………うん」

軽い、そうとしか言えない花巻さんの告白。そんなのでいいのかって思ってチラリと盗み見た妃乃さんの顔。その顔が嬉しくて仕方ない、そんな満面の笑みを浮かべているものだから、俺は心の中でおめでとうございますとつぶやいた。


カップル成立


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