過程はありきたりでいい | ナノ

やがて太陽が君を照らすから

烏野の守護神と大地さんが、烏野の唯一の天才と田中くんが、そう呼んだ彼のことを私はしっかり覚えていた。

みんなと歩く帰り道、今不在のリベロの話になった。
「西谷くん、か」
「佐倉はノヤっさんのこと知ってたか?」
「うん、謹慎のこととかは噂で聞いたけど…」

私が初めて観た烏野高校バレー部の試合は3月の県民大会だった。その日の試合のことはよく覚えてる。
スパイクを決める度に元気にはしゃぐ田中くんといっしょに大喜びしていた彼は、コートの中で一番小さくて、けれど存在感はものすごく大きく感じた。

「私が観た試合ですごい選手なんだなってことは知ってたけど」

「へえ、佐倉ちゃん俺らの試合観たことあんの?」
スガさんが意外そうに振り返る。
「はい、3月の県民大会の…」
そう答えるとスガさんの顔から笑顔が消えた。
その後ろにいた大地さんもとなりの田中くんも。

「…一試合目だけなんですけど」
たしか、彼らは県民大会の二試合目で敗けたはずだ。
嫌なこと、思い出させてしまったかな

「…スミマセン」
自分のせいで雰囲気が重たくなってしまった
そう思って謝ったのだけれど
「いやいや、謝んなくていい!佐倉はなにも悪くない!」
「勝手に思い出して勝手に悄気てたのは俺らだし!」
顔をあげると先輩たちがものすごく慌てていて申し訳なく思いながらもちょっと笑ってしまった。

「あの日負けは、今日の勝ちに繋がってるって、思いたいよ」
「あぁ、西谷ももうじき戻る。全員揃って、烏野再スタートだ」
決意を新たに拳を握った大地さん、その隣で頷いたスガさんの表情はどこか晴れないものだった。


先輩たちと別れて、田中くんと二人になった帰り道
夜空を見上げながら田中くんは呟くように言った。
「…佐倉は俺らのカッコ悪いとこまだ見てねぇってことかぁ」
「え?」
田中くんはあの日のことを思い出しているのか、歯がゆそうな顔をして唇を噛み締めた。
「あの日の試合、レギュラーとしての初めての試合だったんだよ。だから、敗けたのが死ぬほど悔しくてよ…」

「俺が不甲斐ねぇばっかりにエース頼りきりになっちまうし…そのせいで…」
いつも元気一杯の田中くんがこんなに落ち込んでいるのは見たことがなくて、なんて声をかけたらいいだろうか?気のきいた言葉を探していたら

「だあァアアア!!!」
大きな声とバチンという乾いた音。
驚いて振り向いてみれば街灯の弱い明かりでもわかるくらいにほっぺたを赤くしている田中くん。おそらく、両手で自分のほっぺたを叩いたみたいだ。
「ど、どうしたの!?」
驚きすぎて開いた口が塞がらなかった。

「悪ィ…なんか今カッコ悪いとこ見せた」
田中くんは大きく息を吐いてそして顔をあげた。
「柄にもなく弱気になった、今日勝ったのにな…だから、気合い入れ直した」

よっし!と拳を握りしめた彼のその姿はとても頼もしく見えた。

「そうだね、田中くんはがむしゃらに前だけ向いて突っ走ってる方がらしいよ!」
バシッと音がするほどに彼の腕を叩いた。
その箇所を反対の腕でさすりながら田中くんは「…だよな!」と歯を見せて笑った。

そして私たちが別れるT字路に着いた
「じゃあなー」
「うん、また明日」
手を振りお互い家路についた。
何歩か進んでから立ち止まり、振り返った。

「田中くん!」
呼び掛ければ彼はすぐに振り返ってくれた。
「元気な姿が田中くんらしいって言ったけど、今日みたいに元気ない日もこれからあると思う…から、そのときは…わたしでよければお話くらいは聞くから!元気になれるお手伝いさせてね!じゃあ!!」
言うだけ言ってわたしは振り返った。

家路を急ぐ私を追いかけてきたのは、私を呼ぶ大きな声と「ありがとう」という言葉だった。


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