恋乱 | ナノ

ほんの少しの独占欲

肌寒い日だった。
朝餉の片付けを終えて、台所の隅に腰掛けて一息ついていたところに…

「あー、いたいた!芙美、さがしてたんだよー」
ひょっこり与七くんが顔をのぞかせた

「どうしたの?なにかあった?」
「あ、用があるのは僕じゃなくてかっきーなんだけどさ」
聞けば景家さんにわたしを呼んでくるよう頼まれたらしい

「もー、寝てるだけなんだから自分で探してよって思うんだけどね、全然聞いてくれなくて」
「そう、なんか、ごめんね?」
「いやいやいや、芙美が謝ることでもないんだけどね!?ま、いいや、とにかくいつもの所で寝てるはずだからー、行ってあげて」
「うん、わざわざありがとう」

わざわざ呼び出されるなんてことはほとんど無い。むしろ、初めてなんじゃないだろうか…
どんな急用があるのかと、私は急いで彼がいるであろう場所へ向かった

「景家さん!」
そこにはいつも通り庭を一望できる特等席とも言える縁側で横たわる景家さんがいた
呼びかけに反応するようにゆっくり体を起こした彼はわたしを確認すると何も言わず自分の隣をトントンと叩いた

…隣に、座れってこと?

景家さんに導かれるままに彼の隣に腰掛けた。
「!!!」
すると彼は私の背中を包むように座り直した。

「…あ、あ、あの…、景家さん?」
彼の腕はいつの間にかお腹の辺りに回り込んでいて、これはもはや抱きしめられているのと相違ない状態で、恋仲であるとはいえこんな誰もが通る縁側でこのような状態にあることに自分は恥ずかしくてたまらなくなっていた

「…何か、用があったから呼んだのではなかったんですか?」
一生懸命平静を保ちつつ問いかければ

「…寒かったから」
「…え?」
「こうしてたらあったけぇし…」

まさか…私で暖をとるために、わざわざ与七くんに言伝をたのんだというのだろうか
恥ずかしい上に、なんだか申し訳なさも込み上げてくる

「あの…こんなところで、この状態は恥ずかしいんですけど…」
「なにが」
「何がって…こんなとこ誰かに見られたら…」
恥ずかしいと言い切るまえに私の言葉は遮られた

「景家?芙美?なにしてるの?」

私たちの横にしゃがみこんで不思議そうに眺めている蛍くんだった。

「あっ、これは、なんていうか…」
「あったまってんの」
私の肩に顔をうずめたままのくぐもった声で景家さんは答えた
それはもう、平然と…

「へぇ…芙美をぎゅってしたらあったかいの?」
「ん…あったけぇ」
景家さんがそう答えると蛍くんは目をキラキラさせて1歩近づいてきた。そして両手を広げて
「俺も、あったかくなりたい」
そういいながら私を包む景家さんごと、抱きしめようとしてきた

「ちょ、蛍くん!?」
さすがにこれ以上は!と思っていたら景家さんの片腕が蛍くんを制止した。

「駄目、これは俺の」

「…芙美は景家のもの?」
首を傾げる蛍くんに、景家さんはようやく顔を上げて言った。
「そ、だから蛍はよっちゃんでもぎゅってしてきな」
その言葉を鵜呑みして蛍くんは与七くんを探しに行ってしまった
急にぎゅってされる与七くんは驚くことだろう…

私はと言うと、恥ずかしさを忘れ、景家さんの独占宣言に対する嬉しさが込み上げてきていた。

「…なに変な顔してんの」
「えっ?」
緩む頬を抑えながら慌てて振り返ると当然至近距離に景家さんの顔があって、また慌てて戻った。

「こんどは真っ赤」
可笑しそうな景家さんの声になんでもないと答えるけれど顔の赤みは引かなくて

「その方があったかそうでいいかも…」
景家さんはまた私の肩に顔をうずめて、私のお腹にまわした腕に少しだけ力が入った。

景家さんは寝に入ったけれど私はずっとドキドキしたまま彼の体温を感じながら庭を見つめていた


こんなところでなにをしているのです!という兼続さまの怒鳴り声が響き渡るまで


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