恋乱 | ナノ

春日山城の日常

天気のいい午後だった。
昼餉の片付けを終えて、食材の買い出しに向かおうとしていた時…
聞き慣れた、と言っていい兼続さまの怒る声が聞こえてきた。

「まったく!少しはじっとしていられないのですか!」
「だってね、こんなに天気が良ければ庭の方が呼んでくるというか…」
「あなたは天気が良かろうが悪かろうがじっとはしていないでしょう!」

今日もまた謙信様は仕事を放棄して部屋を抜け出し兼続さまを怒らせているようだ
お邪魔をしないように、そっと会釈だけして通り過ぎようとしたんだけれど
「芙美!」
叱られてしょんぼりしていた顔に一瞬で笑顔を咲かせた謙信様に呼び止められた

「嬉しいなぁこんなところで会えるなんて、どうしたの?もしかして買い出しにいくのかな?よし、わたしも手伝ってあげようね、可憐な君に重たいものは持たせられないから、うん、そうと決まれば
早く行こう、すぐに行こう」
余程兼続さまから逃れたかったのか流れるような言葉運びで私の背中に手を回し立ち去ろうとした…のだけれど

「行かせるわけないでしょう!」
兼続さまがいつの間にか持っていた紙を丸めて謙信様の頭をスパーンと叩いた
「痛いよ兼続!」
「あなたは黙って部屋に戻る!引き続き執務!溜まりに溜まった書簡の確認です!」
「でもね、芙美が買い出しに行くというのに…重たいものを持って怪我でもしたら…」
「芙美!今日の買い出しはたくさんあるのですか?」
「い、いえ!夕餉の準備で足りなかったものを少々です!」
鬼の形相の兼続さんが勢いよくこちらを振り向いたので怒られてないはずの私の背筋までピンと伸びた
「だそうです、それならば1人でも問題ありません」
「そ、そうは言うけどもしかしたらなにか必要なものを思い出したりした時には…」
「だったらそこで寝ている景家に手伝わせましょう、景家!いいですね!?」
「…んんんー?」
突然名前を呼ばれた景家さんは返事とは言えない呻き声で寝返りをうったのだけれど
「はい、これで芙美は大丈夫です。さぁ、戻りますよ」
「そんな…芙美ーっ」
悲しそうな顔で引きずられていく謙信様があまりに気の毒で遠ざかっていくお姿に応援の意味を込めて声をかけた

「買い出しから戻りましたら謙信様の大好きな甘酒ご用意しますから!頑張ってください」
「えっ、本当に?」
引きずられたままの謙信様の表情ががパッと明るくなった

「約束だよ、まっているからね!早く帰ってくるんだよ、でも気をつけて行ってくるんだよー」
2人の姿が廊下の角を曲がって見えなくなり、自分も行こうかと思ったその時

「…俺も行かなきゃダメな感じ?」
あの騒がしい状況でも構わず寝ているかと思えば寝転がったままの景家さんがこちらを見上げていた
その相変わらずなところに思わず笑みを零した
「ふふっ起きてはいいたんですね、大丈夫ですよ」
「そ…じゃ、気ぃつけて…」
景家さんはそう言ってまた眠りについた

よし、謙信様のためにも急いで帰ってこなくちゃ!
甘酒を届けた時の喜ぶ謙信様を思えば自然と足取りは軽やかになっていた


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