短編 | ナノ

その瞬間から始まった

今日も騒がしいバレー部の潔子さん命の2年生コンビ。
「おはようございます潔子さんっ!」
「…おはよう」
温度差を感じる挨拶を返してもらえた二人は有頂天で声を揃えて
「今日もお美しいッス!」
そう告げたのだが、潔子さんは華麗にスルーして通りすぎていった。

「くぅ〜っガン無視コーフンするっす!!」
身悶えしながら悦びを噛み締めていた田中と西谷にもう一人のマネージャー寧々が歩み寄っていった。

「二人とも、頭大丈夫?」
それはもう本当に心配そうな面持ちで。
「バッカヤロウ!このとおり正常だ!」
心外だと言わんばかりに田中は反論した。西谷は悟りを開いたみたいな顔で仰々しく手を合わせて言った。
「寧々にはわからねぇか!この素晴らしさは」

わからない。まったくもって理解不能だよ。

「田中、試しにわたしをガン無視してみてよ」
もしかしたら、ほんとにコーフンするのかもしれない。この騒がしい二人の気持ちがちょっとは理解できるのかも、寧々はそう思ったのだけど。

「田中?ねぇ、聞いてる?」
呼び掛けても返事がない。

「田中…」
呼び掛けても振り向いてくれもしない。
いつもならご飯食べながらでもあくびしながらでも絶対振り向いてくれるのに。

「田中、ってば…」
こっち向いてよ、なんで、こっち向いてくれないの。
視界が、だんだんとぼやけてきた。

「田中ぁ!無視しないでよぉ!」
泣きながら背中を殴ったらようやく振り向いてくれた。
「お、お前!なに泣いてんだよ!!」
「たっ、たなっ…かが…無視する…から」

「あーあ、龍が泣ーかしたー」
小学生みたいに囃し立てる西谷のひとことに田中は見たことないくらいあわてふためいていた。
「俺!?俺のせいなの!?お前がガン無視してみろっつーから俺は…」
どうしていいかわからない田中は持っていたタオルを寧々の顔に押し付けた。

「とにかく謝れ、龍!泣かしたのはお前だぞ!」
バシッといい音がするほど背中を叩かれた田中は腑に落ちないけれど口を開いた。
「…悪かった、だからもう泣くなよ望月」

タオルに顔を埋めたままの寧々はくぐもった声で答えた。
「うそつき」

「…は?な、なにがだよ」
「…無視されても全然コーフンしないじゃん」
「………んなこと言われても」

タオルから顔をあげた真っ赤な目をした寧々は小さな声でいった。

「もう、無視したら、許さないから」
鼻を啜りながら彼女はマネージャー業務に戻っていった。


その場に取り残された二人は彼女の背中を黙って見送っていたのだけれど、田中がボソッと呟いたひとことを西谷は聞き逃さなかった。

「望月の泣き顔もちょっとコーフンした」


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