短編 | ナノ

幸せをのみこんで

高校生活も2年目に突入。
バレー部にも1年が入部して、晴れて俺も先輩だ!

先輩という響きがなんとも心地よい。
呼ばれるとなんとも清々しい優越感みたいなもので満たされる

…のだけれど。

「田中先輩!」
爽やかで軽快な弾むような声。
弾けるような眩しい笑顔。

「田中先輩?」
彼女の口から紡がれる「田中先輩」という言葉にはなにか魔法がかけられているんじゃないかというほど、胸の奥がぎゅうっと苦しくなって、でもどこか暖かくて、なんだかむず痒い、そんな不思議な感覚に陥るのだ。

「…田中さん?どうかしましたか?」
ハッと我に返る。目の前では反応のない俺を心配するように顔を覗き混む上目遣いの後輩。

「お、どうした望月ちゃん!俺に何か用か?」
いつもの調子に戻った俺を見て安堵の表情を見せる後輩、その笑顔すら心臓に悪い。この眩しい笑顔を前にしてどんな顔をすればいいのか、正直わからないでいる。

「今日の部活のことなんですけど。急な話ですが体育館の照明の点検が入ってしまい、それが4時位までかかるそうなので今日はまずロードワークからになります!とのことです。」
「そうかそうか、…つーかそんなこと部活始まる前にでも教えてくれりゃあよかったのに」
「あ、まぁ、そうなんですけど…田中さん一番乗りで体育館に飛び込んでいったりするかもしれないなって思って」
「するか!日向と影山じゃあるまいし」
競いあう二人を思いだし笑う望月、その笑顔が胸を苦しめながらも幸せな気持ちにしてくれる。ほんわかした気持ちを噛み締めながら彼女を見下ろしていると聞こえてきたチャイム

「あ、次は移動教室なのに!すいません私行きます!」
「おー、わざわざサンキューな」
「いえ、ではまた部活で!授業寝ちゃダメですよ田中先輩!」
「!!お、おう!」

不意に田中先輩と呼ばれた俺はいったいどんな顔で答えていただろうか。表情筋がピクピクと痙攣しているような気がした。




「スガさん、大地さん、田中さんのことを先輩って呼んであげると喜ぶって教えてもらいましたけど…、呼ぶと変な顔されるんです。ほんとは嫌なんじゃないでしょうか…」
「え、そんなはずないと思うけど?」
「おう、そんなことないさ。変わらず呼んでやってくれ、な?」
「えー…そうですか、わかりました」



「…嬉しいのを表情に出さないように堪えてるように見えるんだよな」
「柄にもなく照れてるよな、田中」
「面白そうだからこのまま見守ってやるべ」
「あぁ」
楽しそうな二人のこの会話は考え込む彼女の耳には届いていなかった。


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