短編 | ナノ

それは何よりあったかい。

寒いのは苦手。冬の登下校は手袋もマフラーもホッカイロも無いととっても辛い。

それなのに…

ない、ない、無い。必需品が、見当たらない。
「…手袋片っぽ無くしちゃった」
私のその声を聞いて振り返った青根くんはきっと驚いたことでしょう。この世の終わりかっていうほど絶望した私が立ち尽くしていたのだから。
そんな風にもなりますよ、だって寒いのきらいだもん。
「さ、探すの手伝うから…」
ついさっき自ら鍵を締めたはずの部室の戸を解錠して再び青根くんと中に入った。
ごちゃごちゃした部室を見回してみたけれどパッと見、無さそうだった。それでもあちこち見回ってくれる青根君、その背中を眺めながら私は今朝からの記憶を辿ってみた。

朝は間違いなくつけて家を出たのを覚えてる。それから途中で青根くんに会って、一緒にコンビニ寄って、ホットドリンクを買った。あったかいカルピス。私はこれが大好きで…あ、そこでキャップが開けづらくて手袋を片っぽ脱いだ。その時だ。きっとその時だ。そこでポッケに入れた。ドリンクがあったかかったから、再び手袋をつける必要がなくて落としたことにも気づかなかったんだ…

「ありがとう青根くん、もういいよ…」
誰のかわからない読み古された漫画雑誌をどけながら彼は振り返った。
「思い出した、なくしたのは多分ここじゃない。朝、学校向かう途中だったと思う…」
「なら、探しに…」
「あ、もういいよ、暗いし…落ちてるなら明日の朝見つかるだろうし…」

あぁ、今夜は右手を冷たくして帰らなくちゃならないのか…やだなぁ…憂鬱だ。
それでも私の不注意のせいだし、仕方のないことなんだけどなんで今日なの。せっかく青根くんと二人だけで帰れる貴重な日だったのに…二口くんがいないの珍しいことなのに。

「ごめんね、一生懸命探してくれたのに」
青根君はブンブンと顔を横に振った。
「それじゃ帰ろっか」
歩き出した私を、彼は呼び止めた。
「…、………っ!」
振り返るとうまく言葉を紡げずにいる青根くんの顔が校外にある街灯の明かりだけの薄暗い中でもみるみる赤くなっていくのがわかった。
「どしたの?」
「…手」
「手?」
私は思わず、自分の手を見た。けれど特に変なところはない、と思う。右手に手袋がはめられてないという事以外は。
そんな私のそばに歩み寄ってきた青根くんは、手袋のない方の右手を掴んだ。

「あああ青根くん!?」
驚いた。正直驚いた。彼がこんな行動に出るなんて予想だにしていなかったから。そして、青根くんの手がとっても大きかったから。
ドキドキして、かける言葉も見つけられずにいた私に、青根くんはボソッと呟くように言った。

「これで、寒くない…」
そしてキュッと握られた私の右手。うん、ほんとに、あったかい。全然寒くない。

手袋を片っぽ無くして落ち込んでいた気持ちは夜空の彼方に吹っ飛んでいった。

「…青根くんの手、手袋よりあったかいから片っぽは見つからなくてもいいかもしれない」
帰り道、そう呟いたら繋いでた彼の左手がもっとあったかくなった…ような気がした。


寒いのは苦手。
でも、冬は嫌いじゃないかもしれない。
君とこうして、近づけるから。



企画サイト:ぬくもりのみつけかたへ提出。


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