短編 | ナノ

まずは小さな一歩から

大会初日、一試合目に勝利し、後片付けをしていた時だ。
「…めっちゃ綺麗な女の人が居るぞ」
観客席を見つめながら田中が呟いた。
その視線の先を辿ると確かに居た、綺麗な女の人が。平日のこの時間にここにいると言うことは大学生だろうか。

「田中に縁下、モタモタしてるなよ」
主将の声にハッとして慌てて荷物をまとめた。田中はまだ、その女性のことを気にしていた。


次の試合は1時半から。
各々ストレッチをしたり、軽く昼飯を食べたりしているとペタペタとスリッパの足音がして顔を上げるとさっき田中と見かけた観客席にいた女性がそこに居た。

「スガー、あ、東峰!」
二人は先輩たちの名前を呼んだ。その声に部員たちもハッと顔を上げた。
「寧々さん!」
「うわーお久しぶりです!」
嬉しそうに駆け寄る先輩たち
「2年ぶりかー、二人とも大きくなったねー」
「ははっ親戚みたいなこというのやめてくださいよ」
その様子は随分と親しげだ。
「潔子と澤村は?」
「今コーチのとこ行ってて…」
大地さんや清水さんのことも知っている、彼女は一体…なんて考えてたら同じように気になっていたであろう日向が三人の元へ恐る恐る歩み寄っていた。

「あ、あの、先輩…この人は…」
盛り上がる3人はハッとして振り向いた。
「あー、スマン!コーフンして盛り上がっちゃってたな」
「この人は俺らが1年の時のマネージャーで」

「こんにちわ!望月寧々です、よろしく」

「シャース!!」
「ひゃっ、この感じも懐かしい…」
一斉に頭を下げた俺らに望月さんはもどかしそうに笑った。

「あ!!」
辺りを見回していた望月さんは並んで立っていた田中と西谷を指さした。そして笑った。
「アハハっ!君ら、試合開始早々澤村に怒られてた、元気な2人!!」
「うぐ…」
恥ずかしいところを見られていたことに二人は赤面した。
望月さんはそんなふたりの肩をバシバシと強く叩いて笑顔で言った。
「いいよいいよ!元気なのはいいことだよ!わたしは君らみたいな子だいすき」

「あざーす!」
元気に返事をした西谷の隣で田中は体を強ばらせ息を呑んだ。さっきまでうるさかった田中が嘘みたいに静かだった。
その後すぐに大地さんと清水先輩が戻ってきて先輩たちはあとわずかな休憩時間を笑顔で過ごしていた。

「あっと、もうこんな時間だ、ミーティングとか始まるよね」
時計を見ると試合開始まで30分を切っていた。

「じゃあ次の試合も頑張ってね!応援してる」
「あざーす」
望月さんは客席へと戻ろうと振り返ったのだが、田中はそれを追いかけて彼女の名前を呼んだ。

呼び止められたことに少し驚いた顔をしていた彼女だったけれど、その表情はすぐに笑顔に変わった。
「どうしたの?」

田中は小さく深呼吸して口を開いた。
「見ててください!次は、かっこいいところだけ!寧々さんの記憶に残させてもらいます!!」

田中は顔を真っ赤にして言った。言いやがった。
きょとんと目を丸くしている望月さん、わずかに間を置いて意味を理解してか笑い出した。

「ふふっ、頑張ってよね…えっとー…何君だっけ?」
「たっ、田中龍之介です!」
「うん、田中くん、期待してるよ!」

望月さんからの田中へと送られた激励と最高の笑顔。

ここからじゃ、田中の顔は見えない。
でも、間違いない。あいつの顔は茹でだこみたいに真っ赤になっているんだろう。

ここからでも見えるやつの耳が、それはもう真っ赤に染まっていたから。




ななさん、リクエストありがとうございました!


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