短編 | ナノ

ありふれた言葉を幸せに変えて

きっかけは、偶然だった。
放課後、たまたま通った男子バレー部の体育館の前の廊下。
部活開始にはまだ早い、そんな時間から体育館からはもうボールの音がしていた。

ほんの少し心に芽吹いた好奇心で、私はこっそり体育館を覗いてみた。

そこにいたのは3組の影山くん、そしてもう一人に視線を向けた…

オレンジ色のフワフワしたあの目立つ頭はクラスメイトの日向くんだ。
彼は一瞬のうちに高く、高く、翔んだ。

そして、ドパン!と大きな音を立てて叩きつけられたボール

「ッシャア!!」
大きな声でガッツポーズをした日向くん。

この時からだったと思う、彼のことを目で追うようになったのは。

いつもバレーの話をしていて、授業中はたまに寝てて、クラスメイトだけど席も離れているし特に接点もない私はそんな彼の後ろ姿を眺めているだけだった。


ある朝のこと、目覚ましに起こされたわけじゃなく目が覚めた。いつもはあと5分、あと5分と二度寝を繰り返すのが日常なのにこの日はやけに目が冴えていて二度寝なんてできそうもなくて布団から抜け出した。

母に頼まれて外にあるポストから新聞を取り出していたら人通りの少ない道の向こうから爆走してくる自転車に気づいた。

アレは、日向くん…?

そう思っている間にも自転車は自分の目の前をものすごい速さで通り抜けていった。
自転車が行った先を体を乗り出して覗いてみたら自転車はキィーッと音を立てて止まった。
そして振り向いたのは、やっぱり日向くんだった。

「やっぱり望月さんだ」
彼は離れた場所からニッコリと私の名前を呼んだ。
それだけで胸がギュウッと締め付けられるようだった。
「よくわかったね、あんな早く走らせてたのに」
高鳴る心臓に気づかないふりをして精一杯自然な笑顔を作って見せた。
「うん、俺目はいいから!」
自転車から降りた日向くんは自転車を手で押しながら引き返してきた。

「望月さん家ってここなんだ、いいなー学校近くて」
「うん、だから受けたんだよ烏野」
「いいなー!近所だったらもっと練習する時間増やせれるのにー」
「あ、もしかしてこれからは朝練なの?」
「そう!大会、もうすぐなんだ!」
そう言った日向くんの顔がもうなんていうか、キラキラしていた。本当に楽しみなんだなっていうのが見てるだけで伝わってくる。

眩しいなぁ…

「ヤバイ!時間ギリギリだったんだ!じゃあ、学校で!」
時計を見て慌てた彼は勢い良く自転車にまたがってペダルに体重をのせた。

「あ…」
思わず口からこぼれた言葉。
そんな小さな一声が日向くんにも届いてしまった。
彼は振り返り首をかしげた。

「あ、えっと…」
ひとことだけ、伝えたかった。
いつもこんなに会話できる機会なんてないのだから。

「が、がんばって、朝練…」
「…うん!!ありがとう!!」
日向くんは変な声をあげながらものすごいスピードで自転車をはしらせていった。

震える声が紡いだ言葉は、日向くんに届いた。
他の人からしてみたら些細なこと、かもしれないけど私にとって大きな一歩だった。

小さくなった日向くんの背中を見つめながら、ますます膨らむ想いを噛み締めていた。

ありふれた言葉を幸せに変えて


「影山!もう一回!もう一回トスあげて!」
「わーったよ、うるせーな」

「なんだなんだ、やる気ありあまってんな日向ァ」
「はい!俺、頑張ります!!頑張りまくります!!」
「お、おう、頑張れよ?」



なつさん、リクエストありがとうございました!


[ back to top ]