短編 | ナノ

しあわせえくぼ


「おーい龍!」
男子バレー部が練習している体育館にハツラツな声が響きわたった。
みんなが一斉に入口の方に視線を向ける。
そこにいたのは制服姿の女子だった。

「何だよ寧々!練習中だコラッ」
今度は名前を呼ばれた田中の声が響きわたった。
親しげに、というか今は喧嘩腰ではあるが名前を呼び合う二人は家がお隣で物覚えつく前からの幼なじみらしくバレー部にとっても見慣れた光景だった。
「あっ、皆さんスイマセン!すぐ済みますんで」
頭を下げた寧々は田中の方に向き直り右手を差し出して言った。

「昼休みに貸した英語の教科書返して!!」

田中はしまった!と表情を強ばらせた。
「あ…返してなかったか俺」
「返してもらってない!今すぐ返せ!」
頬をふくらませて不機嫌そうな寧々は地団太を踏みながら抗議した。
「今は練習中だ!帰りに持ってってやるって」
「ダメ!そんなこと言っても帰る頃には忘れるでしょ龍は」
「んぐ…」
図星を突かれ田中は言い返すことが出来ずに押し黙った。

「さあ!持ってきて!今すぐ持ってきて!」
ダンっと足で床を鳴らして寧々は田中の前に立ちはだかった。
「だから!今!練習中!!あとだあと!!」
「部室にあんの?取ってきていい?」
「ダダダメだ!部室は関係者以外立ち入り禁止だッ!」
「何慌ててんの?まさかやましいものでも隠してるんじゃないでしょうね!!」
「無いわそんなもん!でもダメです!女子の入室はカタクナにお断りします!」
「何よ!さては居眠りしてヨダレ垂らして返せない状態なんでしょ?最悪!!」
「んなわけあるか!寝てはいたけどヨダレは垂らしてねぇ!!」

「授業中に寝るな!!」
声高々と居眠り宣言した田中の頭に澤村のゲンコツが降ってきた。
「ってぇーッ!!」
頭を押さえながらその場にうずくまる田中の姿を見て寧々は声をあげて笑った。彼女だけでなく西谷や月島も笑っていた。

「まったくしょーがねぇなぁ、田中は」
澤村の後からやってきた菅原が寧々の頭に手を載せて笑顔で言った。
「寧々ちゃん、時間あるなら練習見ていけば?今日は帰りに肉まんがまってるぞー、おごってくれんのは大地だけど」
「えっ肉まん!?」
寧々の顔がパァァァッと明るくなっていくのがわかった。
「ちょっ、スガさん!なんかこいつに甘過ぎっす!!」
二人の間に割って入った田中が慌てた様子で言った。
「女の子に優しくするのは当たり前だべ?」
当然だと言い切る菅原に田中の後ろの寧々は見習え!と背中を小突いた。
「い、いやでも!大地さんにごメーワクが…」
田中が言い切る前に澤村が口を挟んだ。
「いや、問題ない。田中の分の肉まんが無くなるだけだから」

「えええええ!?」

「寧々ちゃん、ほら、ここ座って」
「あ、旭さん!お構いなく!」
「この後はサーブ練だからそんな変なとこ飛んでかないと思うけどボール気をつけるんだぞー」
「わかりました、スガさん!」
「寧々〜むしろ俺のレシーブ相手してくれよ」
「おー!いいよノヤ」
田中の悲痛な叫びをよそに和気藹々としているみんな、その姿を見て田中はしょんぼりと肩を落とした。

あれ、なんか、寧々のやつ、溶け込みすぎじゃね?
しかもみんな甘やかしすぎだって!
寧々もなんだってんだよ、お前は俺に用があって来たんじゃねぇのかコノヤロー
そんな思いが表情に出ていた。つまらなそうな顔をした彼の元に寧々が歩み寄る。
そしてニンマリ笑顔を浮かべて言うのだ。

「大丈夫だよ、龍」
「…何がだよ」
「肉まんなら、半分こしてあげるから」

そんなことで悶々としてたわけじゃねぇよ!と思いつつ、半分こという懐かしい響きに険しかった田中の表情もいつしか緩んでいた。




砂糖さん、リクエストありがとうございました!



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