短編 | ナノ

一分一秒が惜しい

とある土曜日。
本日の練習は体育館の点検作業により午後3時で終了。
いつもふざけたりだらだらとして部室を出るのが遅い田中が今日は帰る準備がものすごく早い。
「何だよ田中、今日はやけに急いでんじゃん」
菅原が尋ねたら田中は歯切れの悪い返事をするだけだった。
不思議そうに首をかしげた菅原の横で西谷が大きな声で言った。

「スガさん、龍はこれからデートなんすよ!」
狭い部室にいた全員が一斉に田中の方を向いた。
「ちょ!ノヤ!!おまっ…」
慌てふためく田中に日向は尊敬の眼差しを向けていて、影山すら興味津々といった様子だ。
「田中さんに彼女?ちょっと田中さん、一体どんな魔法使ったんですか〜」
「どーゆう意味だ月島コラァ!」
お馴染みのような月島のイヤミに山口がブフーッ!と噴き出していた。
「笑うな月島!龍の彼女はなぁ!めっちゃいい奴なんだぞ!!」
「そうだな、田中には勿体ないくらいだ」
西谷と縁下にうんうんと頷く成田と木下、なんのフォローにもなってねぇよ!と抗議してやりたかった田中だけど待ち合わせの時間が刻々と迫ってきていた。
余計なことを言われるのを阻止したいのは山々だったけれど田中にはもったいない位の
可愛い彼女を待たせるわけにはいかなくて「お疲れっした!!」と半ば叫びながら部室を飛び出した。

田中は走った。バスを待つ時間も惜しくてひたすらに走った。

「龍くん!」
名前を呼ばれて足を止めた。
目を向ければ通りの向かい側から大きく手を振る彼女

「寧々!」
寧々は信号が変わった瞬間駆け寄ってきた。
「今バス停に迎えに行こうとしてたのにー」
至近距離で笑顔で見上げてくる彼女に田中はハッとして慌てて飛び退くように離れた。
「どうしたの?」
「ヤベェ俺、全力で走ってきたから汗だくだ!しかも部活後だし!いや、終わってから一応サラサラシートしてきたけど!」
「なんだ、そんなこと」
あたふたしてる田中を寧々は笑顔とヒトコトで一蹴した。

「一生懸命練習してきたんでしょ、当然じゃない。それにここまで走ってきてくれたの、…嬉しかったし」
堂々と、でも頬を染めながら言い切る彼女を見て…

田中には勿体ないくらいだ

縁下のひとことが頭に浮かんだ。

「そんなことより!ずっと走って来てくれて疲れてるよね?冷たくて甘いもの、食べたくない?」
キラキラと目を輝かせ、寧々は田中の手を取った。
「あ?あ…っと、まぁ、食いてぇ、かも」
冷たくて甘いもの、より、自分の手より体温の低い小さな手が心地よくて内心それどころではなかった。

「商店街に出来たソフトクリーム屋さんがね期間限定でご当地アイス置いてるの。それで北海道のメロン味があるらしくて…メロンパンじゃないけど、メロン龍くん好きかなぁって」

彼女が好きなものを覚えていてくれた、それだけとのことなのにあんまりにも嬉しくて言葉が出てこなかった。
「あー…んじゃあ、行くか、それ食いに」
彼女の手を取って歩き出す。
やべ、手汗スゲーかも…なんて心配していた田中だったけれどぎゅうっと握り返してくれた彼女の手にもの凄く安心して、もの凄く愛しく思った。

君は自慢の彼女です


ベンチに二人並んで座ってメロン味のソフトクリームを食べていたら
「おっ、烏野のボーズ君じゃん、デートか?青春だねぇ」
滝ノ上さんに見つかって死ぬほど冷やかされた




えりかさん、リクエストありがとうございました


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