短編 | ナノ

まるで初恋のそれのよう

ある日の、町内会チームとの練習試合の時のことだ。
嶋田や、滝ノ上と一緒に女性がついてきていた。

「おい日向、女のひとがいるぞ?」
「はっ!ほんとだ、美人!」
「なんだなんだ?嶋田さんか滝ノ上さんの彼女か!」
部員たちがそわそわと噂していたその女性は学校のスリッパに履き替え真っ先に烏養の元へ向かった。

「烏養!」
「うわっ!望月!?なんでお前がここに…っ」
「ひさしぶり〜、まさか烏養がバレー部のコーチしてるなんてね」
望月と呼ばれた女性は白い歯を見せて笑った。

「こっち向かう時にバッタリ会ってな」
「暇してるっていうから連れてきたんだ」
二人のもとへ歩み寄りニシシ〜っと笑う楽しげな嶋田と滝ノ上に相反して、複雑な表情の烏養。その横で望月は体育館を見回してはーっとため息をついた。
「懐かしいね、この体育館も全然変わってない」
「あたりめーだろ、早々変わるかって」
「そりゃそっか」

四人の元へ噂をしていた部員たちが集まってきた。
「コーチ、その人誰ですか?」
女っ気のないこのメンバーが珍しく連れてきた女性だ、興味もわくだろう。
「あっ、わたしは元マネージャー!こいつらとは一緒にここで青春してたんだよ」
「おおー!先輩だ!」
よろしくお願いシャース!!
声を揃えて挨拶をする部員たちに望月も笑顔で挨拶をしていた。
彼女の後ろで烏養はなんとも言えない歯がゆい表情をしていた。

それもそのはず、彼女は学生時代思いを寄せていた相手だ。体育館での甘酸っぱい記憶が走馬灯のよみがえる。恥ずかしくないわけがなかった。

きれいになったな、望月のやつ。笑顔はあの頃のままだけど。
ぼんやり彼女の後ろ姿を見つめていたらテンションが下がらないままの田中が目を輝かせて質問していた。
「望月さんは誰の彼女なんすか!?」

「あははっ、こうゆうテンションもなんか懐かしいね」
田中と日向と西谷はおあずけくらってる犬のようにこーふん気味に望月の答えを待っている。
「ばーか、望月は俺らの誰の彼女でもねーよ」
そういうと三人はなぜか残念そうな声を上げた。

「残念でしたーごめんね、期待はずれで」
「なに謝ってんだよ望月は」
「あはは、なんかつい…期待されてたっぽいから」
困ったように笑った望月は直後、とんでもない爆弾を投下した。

「でも高校のときはあたし烏養のこと好きだったんだけどね」

「……は?」
マジ、ですか…

呆気にとられた烏養の回りで3バカトリオがバカみたいにはしゃいでた。
ヒューッヒューッ!コーチってば色男ー!ニクイネー!なんていうよくわかんないヤジを飛ばしてくる3人を今日一番の怒鳴り声で黙らせて試合を始めるメンバーたちにはアップを始めさせた。

「あー…、お前」
「ん?」
烏養は隣に視線も向けずぶっきらぼうに名を呼んだ。
「試合、最後まで見ていくのか?」
「うん、暇してるからね」
笑顔で見上げてくる彼女はきれいにはなったけど、あの頃と変わらなく屈託なく笑う。
あの頃の甘酸っぱい気持ちが蘇ってきたように思えた。

あいつらには悪いが、今日は試合になんか集中していられなさそうだ。

練習が終わったら、飯に誘うくらいしてもいいだろうか…

烏養の耳にはボールの音と、みんなの掛け声も、どこか遠くに聞こえていた。


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