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***


こんにちは、と玄関から澄んだ声が聞こえた。
半分眠りの世界へと足を突っ込んでいた銀時は、その声で意識を浮上させる。

「銀さん、新ちゃん、神楽ちゃん。みんな居ないの?」

(お妙か…)

廊下を歩く音がして、引き戸が開いた。
ああ、起きなきゃ殴られる、と銀時は身を起こそうとするが、眠くて動作が緩慢になる。
すぐ隣に妙が立った気配がした。
あ、ヤバいかも、とのん気に考えていると、突然宙に舞う自分の体。
え、と思った時にはもう地面に着地していた。

「ぃっだァァァ!?」
「ご老人は夜眠るのも早いって言うけれど、こんな夕方からもうお休みだなんて。もうボケたのかしら?やっぱりその髪は白髪だったのね」

おっかなびっくり顔を上げてみれば、にっこりと笑う妙。

(あの、その指バキバキ鳴らすのやめてくんない?怖いからほんとやめてくんない!?)

「…ってェな!いきなり何なんだオメーは!」

じんじんと痛む体をさすりながら苦し紛れにそう言うと、妙は一層綺麗に微笑んで耳を引っ張った。

「いだだだだだだ!痛いからそれマジで!離して!離して下さいお願いします!銀さんの耳千切れちゃうよ!」
「まったく…。いい大人が呆れたものね。新ちゃんと神楽ちゃんは?」

妙は投げ捨てるように銀時の耳から手を離して、これ見よがしにため息をつく。
冷やかな視線が痛い。

「あいつらは定春の散歩だよ。もうすぐ帰ってくんだろ」

そうですか、と短く返事をして妙はソファーに腰を下ろす。
手にぶら提げていたスーパーの袋がガサリと音をたてた。

「そういやお前仕事は?」
「行くつもりだったんですけど、新ちゃんが行かせてくれなくて」

心配性なんだから、と妙は苦笑するが、どこか嬉しそうだ。
そういえば、昨日の今日で働きに行くなんてとんでもないと新八が出がけに神楽と話していた気がする。
でもまあ、確かに今朝会った時よりも顔色はよくなっているし、随分回復したんだろう。

「お前もう体はいいわけ?」

無理はするな、と暗に込めたつもりだった。
妙はそれを汲み取ったのか、大丈夫です、と微笑む。

「…ごめんなさい、いろいろと心配かけて。だから、今日はそのお礼に来たんですよ」

久しぶりにみんなでお鍋しましょうか、と妙は手に提げていた買い物袋を掲げた。
ご馳走じゃねェか、と返すと今日は特別です、と妙は嬉しそうに笑った。


***


「あらあら、二人ともこんなところで寝て。ほら、お布団敷いたからそこで寝なさい」
「風邪引いても知らねェぞガキども」

騒ぎ疲れたのか、お子様二人が肩を寄せ合うようにして眠っていた。

んーとかうーとか呻く新八と神楽に、銀時も妙もつい笑みをこぼす。
しょうがねェなァと銀時が二人を担ぎ上げて布団の上に落とした。
妙がそれを諫めて、二人にそっと布団をかけてやる。

「幸せだなァ、ガキどもは」
「あら、銀さんは幸せじゃないんですか?」

いたずらっぽい笑みを浮かべる妙に、銀時はさーな、と曖昧に返してがしがしと銀髪を掻いた。
素直じゃないのね、と妙はおかしそうに笑う。

「お茶淹れましょうか」
「あァ、頼むわ」

ソファーに腰を下ろし、銀時は何気なくテレビのチャンネルを回す。
深夜番組なんて知れたもので、やや下品なネタで笑いを取る芸人のバラエティー番組、深夜もののアニメとドラマ、と目立った番組はそれくらいだった。
特に見たいものも見つからず、とりあえずバラエティー番組にチャンネルを合わせて妙を待つ。

(あー暇だなァ…)

何気なく時計を見やると午前2時をとうに回っていた。
昼寝をしたせいで眠くはないが、随分遅くまで騒いでいたものだと苦笑する。
台所を振り返ろうとした時、ふと遠くでファンファンというサイレンが聞こえた。

「まあ、何か事件かしら?」

サイレンは妙の耳にも聞こえたらしく、怪訝そうに眉を寄せる。

「こんな夜中に、何かしらね」

そう言いながら、コトリとテーブルの上に置かれた湯呑み。
相変わらず所作の綺麗な女だな、と銀時はぼんやりと妙を見つめて、茶を啜った。

「また下着泥とかじゃねェの?」

茶化してそう言ってみたが、妙はどこか心配そうに外を見つめたままだ。

(心配…だろうな。そりゃ)

パトカーのサイレンと言えば、真選組以外にはそれを鳴らせる者はいない。
頭にちらついた黒髪の男に眉を寄せて、銀時は湯呑みを握りしめた。

「あ、銀さん。お茶の葉がきれかけてましたよ」

今度買いに行かないといけませんね、と笑って言う妙に銀時は緩く相槌を打つ。
気にしないフリを決め込むなら気付かないフリをしておこうとテレビに視線を移した。

『番組の途中ですが、臨時のニュースをお伝えします』

バラエティー番組の賑やかなBGMが、ふっとニュース画面に切り替わる。
銀時と妙は何事かと目を見合わせて、テレビのボリュームを上げた。

『午前2時40分頃、旅籠高田屋で真選組と過激派攘夷浪士グループとの衝突があり、その戦いによる負傷者が双法より多数出ています。近隣住民の方は注意して下さい』

真選組、という言葉に銀時も妙もぎくりと肩を震わせた。
妙は拳を握りしめて、じっとテレビを見つめている。

『あっ、今緊急の速報が入りました。真選組の土方副長が攘夷浪士からの攻撃を受け、先ほど病院に搬送されたということです。負傷者の数は依然としてわかっていませんが、状況は真選組の優勢。抗争はまもなく鎮圧される模様です。繰り返します―――』

ガチャンッ

妙の手の中から滑り落ちた湯のみが、砕けて音を立てた。
テレビ画面に映し出される映像を、食い入るように見つめる。

黒い隊服、上がる炎、響く声、刀のぶつかる金属音―――

「お妙、お妙!」

銀時に肩を揺すられ、妙ははっと身を固くした。
動揺と不安から揺らぐ瞳。
妙の手は震えていた。

「ごめんなさい、落としちゃったわ」
「そうじゃねェだろ!」

弱々しく笑ってみせる妙の肩を強く揺さぶって、銀時は表情を険しくする。
信じられない、と妙の瞳が言っていた。

「行くぞ、お妙。病院だ」
「銀さ、ん」
「スクーターで飛ばせば15分以内には着く」

震えを止めるように、銀時は妙の肩を掴む手に力を込める。

揺れる瞳。だけどそこに涙はない。
銀時の瞳を見つめ返して、妙は力強く頷いた。



耳に響くヘ音記号
(泣かない、)


Title: a dim memory



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