Free Request | ナノ


***

『あー、あー。お前らは完全に包囲されているー。人質を解放して大人しく投降しろー。3分以内に出てこなかったら家ごとぶっとば、』
「何言ってんだこの馬鹿!」

拡声器に向かってやる気のない声音でそう言っていた沖田の頭を、土方は思い切りはたいた。
はたかれた拍子に投げ出された拡声器を新八が慌てて受けとめる。

「ってェな!この暴力上司!」
「馬鹿かテメェは!刺激してどうする!人質もいるんだぞ!」

はたかれた頭を押さえて、沖田は土方を睨みつけた。
間に入るべきか迷っていた新八の肩を、大きな男の手がぽんと叩く。
土方に向けて構えられた沖田の傘もその男の手に押さえられた。

「落ち着けお前ら」
「「近藤さんっ!」」
「今ザキと原田が裏から回ってるとこだ。そう焦らなくてもすぐ片がつく」

突然現れた局長に、沖田も土方も口をつぐむ。
土方は大きなため息をついて、状況は、と短く問うた。

「犯人は7 名。刀の他に何人か銃だの爆弾だの持ってるやつもいるらしい。人質は女子供ばっかりだな。数は正確にはわからねェが10人ちょっとってとこだ」

あとは時間の問題だな、と近藤がつぶやく。
その言葉に土方も頷いた。
その時、

「聞けェ!幕府の狗どもめ!」

突然上がった声に辺りに緊張が走った。
立て籠もっていた民家から、1人の男が人質を盾に出てきたのだ。

視界に映った人質の女に、土方は目を見張る。

「あの女…!」

男に抱えられるようにして出てきたのは、土方が会ったあの娘だった。
拘束されてはいるが、特に目立った外傷などは見当たらない。
そのことに少し安堵して、犯人をきつく睨めつける。

「我々は捕まった仲間の解放を要求する!聞き入れられぬなら、ここにいる人質もろとも自爆だ!」

大きな声でそう怒鳴り、人質を盾に爆弾のスイッチと思しきものを掲げた。
真選組隊士が殺気露わに刀を構える。
それにわずかな怯えを示し、対抗するかのように犯人の男は人質の首筋に刀を突きつけた。
白い肌に食い込む刀身。人質の娘は僅かに眉を寄せた。

「…つくづく厄介事に巻き込まれる女だ」

眉間に皺を寄せて、土方は大きくため息をつく。
まさかこんな形でまた会うことになるとは。

ドサリ。

隣からした音に、土方は視線を動かす。
そこにあったのは地面に落ちた拡声器と、新八。
しかし、どこか様子がおかしかった。

「…う、え」
「新八?」

何かに脅えるように身体を震わせる新八を、土方は怪訝そうな目で見つめる。
いつもとは違う新八の様子に、沖田も新八、と呼んだ。

「…ね、うえ」
「おい、どうした新八」
「姉上…っ!」

やっと吐き出されたのは、絞り出したような掠れた声。
新八は顔面蒼白で、立っているのもやっとのようだった。

「姉…?姉だと!?」
「もしかして、あの人質の女の人、新八の姉ちゃんなのか!?」

問い返す土方と沖田の声に、新八は力なく頷く。
黙って聞いていた近藤も眉をひそめた。

「どうしよう…っ!姉上が、あねうえが…っ!人質に、」

今にも泣きそうな、力なく震える声。
土方は大きく舌打ちをして、拳を握りしめた。

新八に姉がいると聞いてはいたが、まさかあの娘が新八の姉だったとは。
屯所で感じた妙な既視感にも納得がいく。

(あの女が新八の姉だと?…厄介なことになってきやがった)

あねうえ、とうわ言のように繰り返す新八を見やって呼びかけた。

「オイ、新八」
「姉上、あねうえ…っ!助けないと…!姉上が…!」

土方の声など届いていないかのように、新八は繰り返す。
民家に向かって駆けだそうとする新八を土方と沖田が両側から慌てて押さえ込んだ。

「落ち着け新八!」
「どこ行く気だテメェ!」
「だって、姉上が…!助けに行かないと…!姉上が!!」

必死にそう叫んで取り乱す新八。抵抗する力は強かった。

「ちょ、オイ!新八っ!」
「あねうえが、姉上が…!行かないと、早く!」
「落ち着け馬鹿野郎っ!」

土方が拳を振り上げる。
人を殴る鈍い音がして、新八が地面に倒れ込んだ。

殴ったのは土方で、殴られたのは新八だ。

「なっ、土方テメェ、」
「新八」

声を荒げる沖田を無視して、土方は新八の胸倉をつかみ上げる。

「テメェそれでも真選組隊士か?」
「…っ、」
「何フヌケた面してやがる。護るんだろうが。他人だろうが身内だろうが関係ねェんだよ」
「…っ!」

投げるように新八から手を離して、土方は背を向ける。

「あ…、土方さ…、俺、」
「オラ立てシスコン」
「…っはい!」

土方の背中に力強く返事をして、新八は零れそうになった涙を拭った。

「…ケッ、かっこつけやがって!土方のくせに!」
「まあまあそう言ってやるな。熱い土方ってのも珍しくていいじゃねェか」
「…ふん」

面白くなさそうに顔を歪める沖田の頭を、近藤が宥めるようにぽんぽんと叩く。
死ね土方、とぽつりと呟いて、沖田は傍にあった小石を蹴り飛ばした。

「さて、と。じゃあそろそろ行くかね」
「突撃っスか?」
「いや、まだ、」

ガガっ、という電子音が近藤の無線から響く。

『―局長!こちら山崎。聞こえますか?』
「おうよ。そっちはどうだ?」
『こちら準備整いました。民家周辺に設置してあった爆弾は全て撤去完了です』
「おし。じゃあ合図したらお前らは裏口から突入しろ。そっちの指揮は原田に任せる」
『了解しました!』

「―――と、まァ。そういうこった。後はわかるな?」
「言われなくても」

沖田は近藤と一瞬視線を交え、部下の元へと走り去る。
その後ろ姿を見送って、近藤は土方に目配せを送った。

土方は浅く頷いて、己の刀に手をかける。

「土方さん?」
「片付けるぞ。お前は俺を援護しろ」
「わかりました!」
「合図があったら突入する。俺たちは人質の保護が優先だ。姉ちゃんから目離すんじゃねェぞ」
「はい!」

「おい!お前らの頭はどこだ!近藤を出せ!」
「はいはーい。ここだよ」
「何をボヤボヤしてる!早く俺たちの仲間を解放しろ!人質がどうなってもいいのか!?」
「オイオイ、女は丁寧に扱うモンだぜ。そんな別嬪さんに傷ひとつでも付けてみろ。俺が500倍にして返してやるよ」

穏やかな口調ながら、抗うことのできない威圧感に、犯人もびくりと押し黙った。
犯人の刀を持つ手が震える。
犯人が爆弾の起爆スイッチを握りしめたその時、

バァンという大きな音が辺りに響き渡った。
バズーカの空砲。

犯人が音に驚いて怯んだ瞬間、近藤の銃が犯人の手から起爆スイッチを弾き飛ばす。
銀色がきらりと見えて、犯人の腕から人質の姿が消えた。

「ギャァァァ!!!」
「峰打ちだ。刀握ってる侍の一人なら大きな声出すんじゃねェよ」

チッと舌打ちをして、土方は解放された人質の娘を抱きとめる。
胸に広がった安堵感に少しの疑問を抱きながら、足元に倒れた浪士を蹴り飛ばした。

「貴様ァっ!よくも!」
「行ってください!土方さん!」

ギィィンという金属音がして、新八がそう叫ぶ。
後ろから土方に斬りかかってきた浪士の刀を、新八が受け止めてはじき返した。

「姉上をお願いします!」

新八の力強い声に、土方は任せろと一言返事をしてそのまま民家を離れる。
抱えていた娘を地面に下ろして、娘を縛っていた縄を解いてやった。

「手荒で悪いな」
「いいえ。ありがとうございま、す…、」

娘の言葉が途中で途切れ、驚いたように目が見開かれる。
大きな瞳に自分が写り込んでいるのを、土方は見ていた。

「…なんだよ」
「…あなたは、」

覚えてるのか、とぼんやりと頭の中で思いながら、娘の瞳を覗き込むように見つめ返した。

「…怪我はねェか?」
「…はい」
「ここでじっとしてな」

そう一言だけ告げて、土方はまた民家へと踵を返す。

この騒動が鎮圧されたのは、それから十分後のことである。

***


「はーっ、これで一件落着ってか?」
「つまんないの。全然手応えあるやついなかったし」
「何言ってんだお前。犯人ほとんどお前がひとりで片付けたようなもんだろうが」
「土方うるさい!死ね!」
「なんで?今の流れから何で死ね?」

パトカーに寄りかかりながら煙草をふかす土方の足を、沖田が思い切り踏んづける。

「い゛!?いってーなこの野郎!何すんだ!」
「黙れ土方ハゲ!」
「俺はハゲてねェェ!」
「はいはい、お疲れさーん」
「「近藤さん!」」

沖田と土方の言い争いに、近藤ののんびりとした声が割って入った。
声被らすな天パ!と言う沖田の頭をぽすぽすと撫でて、近藤はちょっと静かにしてな、と穏やかに笑う。

「感動的再会の瞬間だぜ?」

近藤が指さした先を辿ると、姉を探す新八の姿があった。


「姉上!どこですか、姉上ー!」

きょろきょろと不安そうに辺りを見回しながら、新八は姉上、と呼び続ける。

「姉上、」
「新ちゃん!」

新八の声に、返事が返ってきた。
振り返った新八の視線の先には、探していた姉の姿。

「…っ!姉上!」

弾かれたように駆けだして、新八はそのまま姉をきつく抱きしめる。
温かい体温に、思わず涙腺が緩んだ。

「姉上、姉上…っ!」
「新ちゃんっ、」

次の瞬間、はっと体を離して、怪我は!?と大きな声で問いかける。

「大丈夫ですか、どこか、怪我とか…!どこも痛くないですか!?」
「大丈夫よ。何ともないわ」

優しく微笑む姉に、新八はどうしようもなく泣きそうになった。
堪えろ、と自分を叱責して、でも声が詰まった。

「…っ、本当に、心臓が、止まる、かと…!」
「新ちゃん…」
「あ、姉上に何かあったらって、思ったら、どう、しようもな、く、こ、怖くて…!」

新八の声が涙声になる。
俯いた新八の目から、ぱたりぱたりと涙が落ちて、地面に染みをつくった。

「心配をかけてごめんなさい。助けてくれてありがとう」
「あ、ねうえ…っ!」
「江戸に行くって言いだした時はどうなるかと思っていたけど、きちんとお仕事、頑張っているのね。江戸の治安をこうして守るなんて、誰にでも出来ることじゃないわ」
「姉上…っ、」
「かっこよかったわ、とっても。大きくなったのね、新ちゃん」
「あねう、」
「新八、お前シスコンだったの?」
「新八泣いてやんのー」

からかうような声がふたつ、新八の声に被さるようにして落ちてきた。
新八ははっとして顔を上げる。
新八の目に飛び込んできたのは、涙腺崩壊モードをぶち壊した上司ふたりのニヤニヤ顔。

「なっ、ななななに、あんたら見て…!」
「見てたよー。ばっちり」
「ムービーも撮ったけどいる?」

にやり、と笑う土方と沖田。
途端に真っ赤になる新八を見て、沖田が駆け出した。

「沖田さんっ!!!!」
「へへーっ!泣き虫新八!」

沖田を追いかけて新八も全速力で駆けていく。
それを見て、娘はくすくすと笑った。

「…よォ」
「あの子は元気にやっているんですね」
「元気も元気。生意気で困ってるつーの」
「良かった。本当に、良かった…」

声にも嬉しさをにじませて、娘は新八を眩しそうに見つめる。
そんな娘をちらりと盗み見て、土方も緩く口角を上げた。

「助けていただいて本当にありがとうございました」
「あ?」
「犯人から助けてくださったのはあなたですもの。この間は御免なさいね。生意気が過ぎました」

そう言って深々と頭を下げる娘に、律儀なもんだなと小さく呟く。

「礼言われるほどのもんでもねェよ。こっちは仕事だからな」
「ええ、そうですね。でも、ありがとうございます」

にっこりと娘は笑って、これからも弟をよろしくお願いします、とまた頭を下げた。

「…あァ、」
「お、トシ!何なに、お前この子といい感じなの?」
「はァ!?なんだ近藤さんいきなり!」
「照れるな照れるな!若いってのはいいねェ!」
「黙れこの見合い馬鹿!」

土方の言葉を近藤の声が遮って、がしりと肩に腕を乗せる。

「ん?人質だった姉ちゃんじゃねェか。怪我はねェかい?」
「ええ。助けていただいてありがとうございました」
「いやいや、市民の安全を守るのが俺たちの仕事なもんで!それにしても別嬪さんだなァ。ほんとに新八くんのお姉さん?」
「はい。申し遅れました。永倉新八の姉、妙と申します」

以後お見知りおきを、と丁寧に頭を下げる娘、妙に近藤もぺこりと礼を返した。

「そうか、お妙ちゃんか!新八の姉ちゃんは田舎にいるって聞いてたけど、お妙ちゃんはこっちには観光で来たの?」
「いいえ。田舎の方の家を人に預けることになって、先日こちらに越して来たんです」
「そうかそうか!じゃあこれからもお妙ちゃんに会えるってことだな!」
「まあ、ふふ。面白い方ですね」

くすくすと笑う妙を見て、近藤はほんとに可愛いなあ、と鼻の下を伸ばす。
デレデレとし出した近藤の顔を土方がぱしりと叩いた。

「いってー。ったくトシはお硬いなァ。お、そうだ。自己紹介がまだだったな。俺は近藤勇ってんだ。よろしくなーお妙ちゃん!真選組の局長やってるオッサンだ」
「…真選組副長、土方歳三だ。」

どこか照れくさそうに銀髪をかく土方の頭を、仕返しとばかりにばしんとはたいて、近藤は解散!と告げる。

「俺たちゃ先に引き上げるから、お前はお妙ちゃん送ってってやんな」
「は?オイ、近藤さん、」
「調書だのなんだのは後でいいだろうよ。あんな事件に巻き込まれて疲れてるだろうし、家まで送ってけ。気になるんなら送る道々聞いてこい」
「…な、」
「局長命令だ。しっかり頼むぞ〜」

ひらひらと手を振って、近藤はそのまま現場の指揮に戻っていく。
その後ろ姿を呆然と見送って、土方は妙を振り返った。

「…あー、じゃあ、まあ、送るわ」
「ふふ、ありがとうございます」

そう言って、妙は柔らかく笑う。
気丈な女だな、と土方はその頭を優しく撫でた。

「え、あの…、土方さん?」
「アンタがどれだけじゃじゃ馬で、生意気で、腕っ節の強い女でも、」
「あら、殴られたいんですか?」
「怖かったろ」
「…え?」
「急に巻き込まれて、人質だって盾にされて、怖い思い、したんじゃねェのか」

土方の言葉に、妙の瞳が僅かに揺れる。
しかし、驚いたような表情は一瞬で、妙は笑っていた。

「…まさか。あんなことくらいで、怖がったりしませんよ」
「あんなことくらい、ねェ」

にこりと笑う妙に、土方はため息を漏らす。
変わらぬ笑顔の妙をじっと見つめて、じゃあ帰るか、と背中を向けた。

出しかけた煙草をしまって、ちらりと後ろを振り返る。
このまま真っ直ぐです、と妙は笑顔を崩さない。

「…かわいくねー女」

ぽつりと呟いた声は、街の喧騒に紛れて落ちていった。



確かな一歩を少しずつ
(ここから何か、始まるかもしれない)



Title: a dim memory



大変お待たせ致しました…!リクエストくださった和さまに捧げます!時間かかり過ぎて申し訳ありません><
初期設定の土妙ということで初挑戦の設定だったのですが、楽しく書かせて頂きました^^!いろいろ捏造しまくった上に無駄に長くなってしまってすみません…。
気に入って頂けると嬉しく思います^^
もちろん返品受付けますので、何かありましたらお気軽にご一報くださいね。
素敵なリクエストありがとうございました!


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