雨宿り 



ザアァァァ


『...』

雨が降っている。


ザアァァァ


『...』

血の匂いがする。天人のものか、攘夷志士のものか...

ザアァァァ

『?』

雨音が急に弱まった。顔を上げると傘が差し出されていた。

「風邪を引いてしまいますよ。」

『...』

「名前は?」

『...無い。』

「家は?」

『...無い。』

「お父さんやお母さんは?」

『...いない。』

髪の長い男の人だった。虚ろな私の目に、にっこりと微笑む顔が映る。

「私の家で雨宿りしませんか?」



 * * *


「こんな所に居ましたか。」

『松陽…』

雨はとうの昔に止んだにも関わらず、ウチは雨宿りを続けていた。曇天の空が明るみ始めたのを見計らって出て行こうとしたが、独り身で寂しい私の話し相手になってはくれませんか、と言われたら歩みが進むわけもなく。気付けば半年が過ぎていた。

「父と呼ぶのにはまだ抵抗がありますか。」

『…ごめん。』

「いいえ、ゆっくりで良いのです。」

『…うん。』

「天気も良いですし、散歩でもしましょうか。」

差し出された手をおずおずと握ると、松陽はいつものように微笑んだ。私に合わせたゆったりとした歩み、その姿が生前の父親と重なった。俯いたウチに気付いた松陽が頭を撫でる。

「夢の居場所はちゃんと此処にありますよ。」

その温かい手に、また泣きそうになった。

『…ありがと、父さん。』

「いいえ。」

優しい陽の下で、ウチはまだ雨宿りをしている。





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