目を疑う光景だった。
だって、クダリさんが、手のひらいっぱいの様々な色形をした薬を、まるでお菓子でも食べるみたいにざらざら飲み込んでいたのだ!
「クダリさん!何してるんですか!?」
ごくごく手に握ったおいしい水のボトルを傾け錠剤だのカプセルだのを胃に収めていたクダリさんはきょとんと私を見る。
「何って…薬、飲んでる」
あ、危ないやつなんかじゃないからね!といつも通りの表情で笑うクダリさんはあまりに普通すぎて、かえって不気味だ。
「くすり、薬って、あんなにたくさん?」
「え、うん。ちゃんと容量は守ってるよ?」
にこにこにこにこ、笑いながらペットボトルの蓋をしめるクダリさんの手は不安になるくらい白い。
「あー、外、行きたいなー」
事務椅子にだらしなく座って天井を仰ぐ姿が痛々しい。
「狭いよ、ここ」
つけっぱなしのテレビからはバトルサブウェイの特番の騒々しい音が垂れ流されている。カメラに向かっていつもの笑顔を向けるクダリさんが映っている。レポーターの、ファンたちの、挑戦者の、重なる声。強くいくつも焚かれるフラッシュ。カラフルなテロップ。華やかな世界の中で来る日も来る日も挑戦者と戦って戦って勝って勝って、大勢の人たちの息の詰まるような羨望や尊敬や期待をその身に受けて、毎日毎日地下をまわって、もしかしたらこの人はそんな事が苦しくってしょうがないのかもしれない。
「あ、のみわすれあった」
あはは、と白い小さなカプセルをつまみあげ当たり前な顔してそれを口に含んだ彼は、理科室の小さなガラス瓶に沈み込んでいたカエルの標本みたいに、いつかすっかり全身を薬品に蝕まれて固く真っ白く動かなくなってしまうような気がした。
どんなに有名でどんなに多くの人に好かれていたって、この人は太陽の光が入らない狭いこのバトルサブウェイにじっと閉じ込められてすごすのだ。多分これからもずっとそうだろう。
明るい声が、光が、テレビからはじけて重っ苦しい室内の空気と混ざる。
画面の向こうのクダリさんは笑っている。