他人の秘密を垣間見ることを良しとしない正義感は、後ろ暗い好奇心に勝てないのだ。






って誰かが言ってた気がする。昔の偉い人とか。あれ、それともベーカリーのおばちゃんが言ってたんだっけ?清掃員のおじちゃんだっけ?誰でもいいけど。問題は、果たしてノボリさんのデスクの上に置いてあるこのサブウェイマスターの日誌もとい日記を見ていいのか否かだ!


「日誌って書いてあるんだから駅員が見たって問題ないよねー…?でも厳管って書いてあるし…厳管って何?厳重管理?」


一応きょろきょろとあたりに人気が無いのを確認した。今現在、時刻はお昼。他の人が休憩に来てもおかしくはないのだ。右よし、左よし。おーけー、誰もいませんね…!
そろりと黒く硬い表紙を開いてみる。パキ、と音がして一瞬肝が冷えたが、ただ綴じ目が鳴っただけのようで無事ミッションは完了。


…中表紙は、白紙と。


ぺらりと続けてめくってみる。……なん…何だろうこれ。英語?じゃないよね、HADSvBuとか、CDSvHuとか、こんな単語見たことない。ていうか読めない。アルファベットがずらずらと並んでいて、ところどころ赤のボールペンでチェックしてある。それだけ。さっぱりわからない!


「なんだこりゃー…」


てっきり秘密の日記帳のようなものだと思っていたのにがっかりしてしまった。勝手に人様の日誌を見つけて勝手に期待して勝手に失望するなって話だけど、それでも少しくらい面白いことが書いてあったって良いのに!
日誌を元あったところに戻し、コンビニでも行こうかと財布を手に取ったところでノボリさんが休憩室に戻ってきた。…だいじょぶだいじょぶばれないばれない…。ノボリさんは若干息を切らしているようで、私に向かって声は出さずに会釈した。私はお辞儀を返す。ところで、


…なんでこの人バチュル五匹もくっつけてんの?


ノボリさんの頭にバチュル。両肩にバチュル。胸ポケットにバチュル。ネクタイにぶら下がって、バチュル。
かわいいものと戯れたいのだろうか。疲れているのかもしれない。まさかお洒落なわけないもんね…!


「ノボリさんノボリさん」
「なんで、ござい、ましょう」


返事をしたはいいが私に目もくれずノボリさんは椅子に腰かけ、デスクの上に置いてある黒表紙の日誌を引き寄せ開く。


「ノボリさーん…」
「ちょっと、お待ちください、まし………はぁ、よし…。はい、何でございましょう」


カリカリと何かを短く日誌に書きつけると、ノボリさんはペンを置いてようやくこっちへ満足そうな顔を向けた。


「えっと、バチュルなんで五匹も……あ」


嫌な予感がする。とっても嫌な予感。この人に抱く『尊敬できる上司像』がぶっ壊れる気が、する…!
いつもの仏頂面の中にどことなくやり遂げた感をにじませてノボリさんは言った。


「隙間時間は有効に活用すべきですからね」






ここで確信した。厳管の日誌って、厳選管理日誌のことか!





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