人手が足りないらしく、終業間際に車内清掃へ駆り出されてしまった。一日の締めだな、頑張ろう!
網棚に放置された雑誌を回収し、窓が施錠されていることを指差し確認!あ。ガラスごしに、向こう側のホームに立っているクダリさんが見える。
私のいつもいるギアステーションとは違って、カナワ近くのこの駅では上り線と下り線が柱を隔てて隣り合わせに並んでいるのだ。だから、反対方向だね、元気でね、またねと改札で盛大な別れをした二人が線路を挟んで再び顔を合わせる、なんて気まずいさようならもよく見られる光景であった。
薄暗いホーム、クダリさんはいつものにいっとした笑い顔なのだけれどもどこか悲痛そうに線路へ視線を落としている。普段はしゃんと伸びている背筋が気の抜けたように少し曲がっていた。クダリさんの白い服はやっぱり目立つ……あれ。白ってことは、ノボリさん?黒がクダリさん、白がノボリさん。たしか以前彼はそう言っていたはず。けれど向こう側のホームに立つ白い彼は、やはりクダリさんのように思える。笑みを浮かべているせいだろうか。
「わ、!」
にゅっと背後から伸びてきた手に視界を塞がれた。何見てるの?と私に尋ねるこの人はクダリさんだろう。ではガラスの向こう側にいる笑顔の人はノボリさんだったんだ。
「向こうのホームにノボリさんがいたので見てたんです。笑ってるのに悲しそうです、どうしたんでしょう」
ノボリが?といぶかしげな声を出してクダリさんは私の顔から手をどけた。
向かいのホームにはもう誰もいない。ただの真っ暗だ。
「そうだね、ノボリだった」
私の頭のすぐ後ろからクダリさんの声がする。
「ノボリだったね。」
上体をねじってクダリさんの方を向いた。彼はいつもどおりに口元をつり上げて、しかし目はまばたきもせず私を凝視していた。
「さ、早くかえろ!ここからなら家近いでしょ、」
ぱ、と手を取られた。相変わらずこの人の手は冷たい。
そう言えば今日は何曜日だったろうか。