(えっ? マジで?)




とか僕がガラにもなくあの子みたいな口調で呟いてしまったのは、当の本人が僕の知らない男と親しげに歩いていたからだった。誰、その人。僕知らない。見たことのない顔。ギアステーションの職員では、もちろんない。こう見えても僕はあの駅の責任者の一人だから、勤務する人間の顔はあらかた覚えている。あんな人間は鉄道員にも駅スタッフにもいないはずだ。ついでに言えば、トレインの常連とかでもない。ってことはいわゆる「廃人」のトレーナーじゃない。脳内データベースにない顔だった。


(そりゃ、彼女にだって)


僕が知らない交友関係もあろう。数年前までは顔も知らない他人同士だった僕らだ。履歴書には書いていないこと、彼女がどんな人生を送ってきたのかを僕らは知らないのだ。当たり前だ。でもどうしてだろう、出会って同じ職場で顔を合わせて、喋って笑って言葉を交わして、一日の大半を一緒に過ごしているからだろうか。僕はすっかり彼女の大部分をわかったつもりになっていた。プライベートで彼女がどんな生活をしているのかすら聞いたことがないのに。


僕がやや呆然と立ち尽くしている間に、彼女はそこらを歩けば5分以内で捕まえられそうな十人並みの顔をした男と一緒にアベニューのゲートをくぐっていった。例えばこれが髪の毛のつんつん尖ったイカニモなちゃらい奴だったらまだマシなのに、人の好さそうな雰囲気した地味な男。


「……なんなの……」




手に持っていたヒウンアイスがコンクリートに水たまりを作っていることにようやく気付いた。もう随分涼しすぎる季節なのに。だいぶ長いこと彼女たちを見ていたらしい。半溶のシャーベットが手の甲を伝って、地面にやたらと青い染みを広げている。あからさまに着色料の色だ。きっと食べたら舌が真っ青になるやつだ。とかどうでもいいことを考えていたら夏の夜勤で彼女が舌を青く染めながらノボリが買ってきたヒウンアイスをぱくついてたときの記憶が蘇ってきてイライラした。なんで僕こんなにモヤモヤしてるんだろう。見当はつくけど、認めたくはない。そんなもの認識してしまったが最後、


(……最後?なんだろう)


あの子は可愛い僕の部下だ。
それ以上でもそれ以下でもないのだ。誰がそんなこと言ってたんだっけ。ノボリかな。僕かな。僕がノボリを牽制するために言ったのかもしれない。


(あれ?牽制ってなんだろう)


自分に問うた、僕はこの答えを知っている。認めるつもりは、まだないが。





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