*海外マス(エメット)注意






エメットさんが酔っぱらっているかどうかなんて顔を見れば大抵は分かってしまう。皮膚の色素が薄い彼は、お酒が回ってくると肌をピンク色に染めるのだ。平熱だってわたしよりもだいぶ高いくせアルコールが入ったらもっとそれが上昇するので、今の彼はゆたんぽも真っ青の人間ホッカイロなのだ。冬に最適だけど夏じゃどうも暑すぎる。べたべたくっついてくる体温が高い。あっちい。


「ねぇ、ねえー、キミさぁ、かわいいねー」


カウンター席の隅っこで壁際のわたしへ半ばしなだれかかるようにして、へらへら笑いながらエメットさんは6杯目のジョッキを空にした。大ジョッキなのに、よくそんなに胃へ入るものだなと思う。吐く息がとてもお酒くさい。わたしの肩に頭をぐりぐりこすりつけてアハアハしている様子は、ちょっとヨーテリーっぽくてかわいい。


「ありがとー、知ってますアハ」
「知ってるよね。そうだよね」
「うそでーす!ごめんなさいカワイイとか言われたことないです見得はりました!」
「んー?ナニ?…まぁいいやー、キミ恋人いるのー?」


エメットさんはバーテンのおじさんに新しいジョッキを注文すると、一層こちらへ身を乗り出した。いつもはぱっちりとした目が今日は幾分けだるげにとろりとしている。バーの暗い照明と騒がしい酔っ払いたちの笑い声と、それを遮るエメットさんの長身。座っていてすら、わたしはやや上を向かないとエメットさんとお喋りができなかった。彼がわたしに覆いかぶさるような体勢でお酒を飲んでいるせいもあるけれど。


「恋人。はて、イミガワカリマセンヨー」
「こいびとがいるの?っていうのは、キミにはボーイフレンドがいるの?ってこと」
「…いやそうじゃなくて。いえ、意味はそうなんですけど」


エメットさんの手にかかれば、彼と彼の兄弟を除く全人類がほぼ全部かわいいの対象である。遠いウノヴァからイッシュへ研修へ来るたび、ノボリもクダリも女のコみたいだなーかわいいねーだなんて口走っているのだ(そしてその発言への報復としてクダリさんによく舌打ちをされている。確かにサブウェイボスのおふたりと比べれば、我らがボスはやや体格も貧弱そうに見える。あれでもギアステーションの中ではかなり大きい方だというのに)。


「いる?ボーイフレンド」
「い……ないですけど……。いたことないですアハ」
「本当に?クダリは?もしくは、ノボリとか」


エメットさんはお酒のせいで喋り方がいつもより少し重たい。なるほど、普段の底抜けに明るいような口調だと分かりにくいが、こうやってみると彼は彼のお兄さんとよく似ていた。


「えー流石に上司はないでしょう、修羅場じゃん」
「ボクは?」
「なにが?」


片眉を、きゅっと下げて、エメットさんは少し困ったような顔をする。「……ボクの言葉ヘン?通じない?」「あぁぁごめんなさい、お上手です」いわゆる外人さん相手なのに、こういう返し方はずるかっただろうか。


「ごめんなさい、そういうことじゃなくて…えっとー…」


ちびちびと舐めていたモモンのカクテルしか摂取していないというのに、頭がうまく回らないのはエメットさんが吐き出すアルコールを吸い込みすぎたせいか。だってエメットさん、昼間に話す時よりだいぶと顔が近くて、店内が暗いせいで開いた瞳孔まで見えるくらいなのだ。わたしよりもずっとずっと色素の薄い虹彩、綺麗な色。あぁアルコールのにおいがする。エメットさんの目がきゅっと細められた。笑う吐息に交じるビールの苦いにおい。大きい両の手のひらが、ジョッキの代わりにわたしの頬へ添えられた。冷たいビールに冷やされてもなお熱い体温だ。あっつい。あつい。手のひらが添えられたまま、頭をぐいとゆるく引っ張られる。危ないじゃないですかなんて文句を言う思考も残っていない。エメットさんが吐き出すアルコールのせい。空気に交じったそれが、きっと脳にまわったのだ。


「ねぇ、恋人いたことないの?じゃあキスもしたことないの…?」


こつっと額がぶつかって、エメットさんの淡い色の瞳と至近距離で視線がぶつかる。ゆるい重たい口調なのに、笑った目だけがなんだかぎらぎらしていた。鳥肌がたったのはその雰囲気に気圧されたせいか。何か喋ったら唇がぶつかりそうで、いまさらクダリさんの言葉を思い出した。エメットに気を付けてね。


「ね……初めてはどんなキスがいいの……?」


ここお店なのになぁとか外人さんはやっぱり目がきれいだなぁとかどうでもいいことをつらつら考えていたのは多分脳みそが思考を放棄したせいだった。あと数ミリかがめばお酒の味が染みて濡れている唇に触れるくらい近い場所で、それでもエメットさんは目を笑いの形に細めたまま動かない。


「キミは、『優しいのがいい』って言えばいいんだよ。それだけ」


半分残っていたわたしのモモンカクテルをエメットさんは人差し指で薄く掬って、ピンク色のしずくを赤い舌でぺろりと舐める。


「ほら、ね、今なら甘いキスがしてあげられるよ」


思考が完全に固まっていたわたしは、ただただ外人さんってすごいなぁとか考えていた。あつい、あっつい。エメットさんの顔からは、この短時間でもうとっくに酔いの色が抜けている。エメットに気を付けてね。クダリさんの機嫌悪そうな声が頭の中でリフレインした。





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