彼女のデスクに置かれた小さな卓上カレンダーには、だいぶと前から今日の部分に黄色い蛍光ペンで星型のマークが書き込まれていた。「もうすぐ流星群の日ですねぇ」退屈な時はひとりごとみたいにそう呟いていたし、だから僕は彼女がきっと今日の夜、流れ星を観に行くんだろうということも分かっていた。ここイッシュで星のきれいなところと言ったら海沿いの町か、車両基地のあるカナワタウンだろうし、そして彼女が行くとしたら恐らくカナワタウンの方だ。電車も通っているし。そんなわけで僕は、いかにも「たまたま星を見に来たら知り合いに遭遇しました」みたいな顔をして、彼女にこんばんはとあいさつしたのだった。


「クダリさん、寒くないですかその格好」
「……寒い」


高台に登り空を向いていると、冬の澄んだ空気のむこうがわで星がちかちか瞬いているのがよく見える。しかし流れ星を見つける為にはそのままじいっと経ち続けていなければならないわけで、見上げる首元にぴうぴうと風が吹き込んでくるのだ。寒い。一方見下ろす彼女はしっかりともこもこのマフラーを巻いていて、冬の装備はばっちりといったふうである。コートのポケットにつっこみっぱなしのその両手には、きっと手袋がしっかりつけられているに違いない。反対に僕はいつも通りの出勤用コートひとつで、これだってけしてぺらぺらな薄いものじゃあないしっかりとしたつくりのものであるけど、如何せん今の状況には不向きだった。寒さのあまり暖を取るべくボールから出して抱えていたアーケオスがぎぃぎぃと不満そうな声を出している。僕のポケモンは夜に弱いのである。


「カイロ、使います?2個あるから、いっこどうぞ」
「なんで2個あるの?」
「左手用とー、右手用ー、です」
「……じゃあいらない」
「ええっどうしてですか!」
「だって僕が使ったら君、片手が寒くなる」
「大丈夫ですよぉわたし手袋してますから!」


ほらほら、って僕の腕とアーケオスのお腹の間に使い捨てカイロがぎゅっと押し込められた。アーケオスはぎゅぃーと嬉しそうな声を出したけれど僕はちょっと不機嫌になった。だって何か女の子の方からこういう、気遣いとかされるのって男としてどうなんだろうっていうか何ていうか。こんなとき僕がもっとチャラっとしてたらカイロの代わりに君で暖をとりたいぜべいびーとか言えちゃうのかなぁなんて考えてみたけど全然僕のキャラじゃない。アーケオスは羽に覆われていないむき出しの脚で使い捨てカイロを掴み直してぬくぬくしている。こんにゃろうカイロひとり占めよくない、僕にも暖を分けてよね。って思ったけどよく考えたら寒い中ボールからアーケオス引っ張り出したの僕だったので何も言えない。


「あ、流れた」


鼻先を赤くして空を見上げる彼女を見るのに忙しかったので僕はそれを見逃してしまった。「クダリさん、今の見ました?」にこにこしながら僕に視線をよこすから見てもいないのに「うん、見てたよ」って返して、でも目を合わせっぱなしだと視線そらすタイミング掴めなくなるし何より心臓に悪いので急いで空を見上げた。きらきらしててきれいだ。そういえばここ何年も、こうやって空を見上げることってなかった。小さい頃は背も低かったから何でも見上げて視界に収めていたけど今じゃ大抵のものは見下ろして視界に収めるもんで。顔は斜め上に向けたまま目だけ下にやったら、ぎぎゅうーって喉の奥で鳴いているアーケオスの頭を彼女が手袋外した指でつついている。冷えちゃうよ。


「手袋しなさい、寒いでしょ」
「さむーい」
「だから手袋しなさいって」
「でもアーケオスも寒いって言ってますよ」
「それ関係ないから。いま君の手の話してるから」
「おぉぉここあったかい!」
「いっ……!」


ずぼってアーケオスの背中と僕のお腹の隙間へ手を突っ込まれて正直すごいびっくりした。アーケオスは急に冷えた手が背中に触れたので不満げにぎぃぎぃ言っているけど僕の体温がぐんぐん上がってるから多分すぐあったかくなるよ大丈夫だよ。「あったかい!スキマあったかい!アーケオスあったかい!」平熱はアーケオスの方が高いけど今は多分僕の方がずっと熱くなってる。夜でよかったなぁ顔が真っ赤になってるの目立たないから。耳が赤くなってるのも。


「寒い、もっとこっちおいでよ」
「うぃーす」
「もっと寄って」
「うぃうぃー」
「もっと」
「おしくらまんじゅうですか!」


ぴったりくっついてないと寒くてしょうがないじゃんってこれが僕の精一杯なわけでさ、多分もっと僕が軽いノリのやつだったらさ、ここで君にキスの一つでもしてやって粘膜でも繋がりたいぜべいびーとかどうしようもないジョーク飛ばせるんだけどさ。何度も言うけど僕はそういうこと出来るタイプじゃないのでここで君の手を取って握ることすらできない弱虫だからね、寒さにかこつけて抱き寄せることすらできないんだよねこれがさ。


「わ、なになに?」
「ぎぃっ」
「どうしたのアーケオス……え、ちょっと」


もそもそ背中に手を突っ込まれっぱなしのアーケオスがもがいて、彼女の方に首を伸ばす。そのままぺすぺす彼女の唇に自分の口を押しつけて、彼女も最初は驚いたみたいに目を白黒させてたけどそのうちニコニコしながらちゅっちゅってキスを返して笑っていた。「ぎー!」こいつ僕に向かってドヤ顔しやがった。


「アーケオスちゃんかわいい!」


彼女はご機嫌である。僕?不機嫌です。アーケオスはまたもぞもぞと僕の腕の中でもがいて、そのあと今度はこちらに首を伸ばし、それで、


「………」
「あ、クダリさんもちゅうだ」
「ぎっ」
「仲良しですねぇ」


やれやれ仕方ない坊ちゃんだぜべいびー、みたいなドヤ顔でぺすぺす僕にもキスのまねごとしてきた。間接キスのつもりだろうか、これでは彼女と間接の前にアーケオスと直接なんですけどそれでいいのか君は。満足したようにアーケオスはまたもそもそと僕の腕の中でもぞついて、元の位置におさまった。ほらお前にやったキス彼女へ返してやれよ坊ちゃんしっかりやれよべいびーみたいな顔して見上げてくるこいつもうほんとやめて。


「あ、流れた」


僕の肩越しに流れ星を見てた彼女が嬉しそうにふわって笑ったから僕なんかもう弾けたい僕も大気圏突入して燃え尽きたい。「残念でしたね、クダリさんの背中で今流れたのに」もこもこのマフラーを引き上げて口もとまで埋め笑ってる彼女のガードは固いので僕は彼女にキスできないんです、しょうがないんです。でもポケモンに遅れを取るのは癪なので僕は精一杯の勇気を振り絞って、彼女の髪を撫でてみました。冷えて冷たくなっているだろうと思っていた耳たぶに一瞬触れた時の彼女の熱さが忘れられそうにありませんこのまま空に飛んでってほんと燃えつきたいかわいい。撫でられるのが心地いのだというみたいに目を細めて嬉しそうにするのかわいい星になりたい彼女が願い事3回呟くまで消えないで光ってたい。僕の腕の中でアーケオスはやれやれとんだチキンガイだぜとでも言いたげにぎぃと鳴いた。僕だってどうせならここで彼女の唇そっと奪ってアーケオスは鳥目だし僕ら以外誰も今のキスは知らないんだぜべいびー流れ星の数だけキスさせろよとか言って一晩中君にキスし続けたいぜべいびー。「あは、またクダリさんの後ろで光った」かわいい、今すぐキスしたい。



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