ぱたっと小さな音を立てて文庫本を閉じた。ありきたりだけどどうにももどかしくってやきもきするようなラブストーリー。お客さんの忘れものだけど、夜勤の暇つぶしに流し読み。僕は結構こういう話、嫌いじゃない。ただ、こんな話を読んだ後はいつも後ろ向きな気持ちになってしまう。それだけ少し嫌だった。


お話の中の人たち、特に主人公なんかは、その展開にどんな困難があったとしても必ず最後はハッピーエンドで締めくくられる。喧嘩して心が離れて、別の人と触れ合って、お互い疎遠になって、現実だったらもう風化するような関係性になってしまったとしても、必ずまた出会って、そして結ばれる。どんなに孤独を噛みしめている時であっても、必ずペアの片割れは存在する。未来に自分の手を握ってくれる人は約束されている。それが僕は憎らしいのだ。


だって僕らの住んでるこの世界じゃ、必ずハッピーエンドで終わるだなんてそんな虫の良い話は存在しない。喧嘩してそのままになってさようならもある話だし心が離れてしまったら半分くらいの確率で仲直りなんかできない。疎遠になったらもう、きっと会わない。小説の中の主人公たちだったらこういう流れも運命の人じゃなかったんだって済ませられるけど、現実じゃどうだ。きっと見過ごしてしまった運命はたくさんあったに違いないと思う。


冒頭でひとり冬のベンチに座ってた女の子は最終的に幸せな恋人と結ばれたが、フレームアウトしてる背景扱いのキャラクターたちはもっとどろどろしていて人間じみた生活をしてるのかなぁ。待ち合わせに彼女が来なくて大げんかして分かれちゃったりとかするカップルもいるのかな。そっちの方がよっぽどリアルだ。盛り上がりどころもないけれど。


随分読みこんでいるのか、表紙の端っこが少し傷んでいるそれを丁寧に遺失物の箱へしまいこんだ。勝手に読んじゃってごめんね。


お話の中だったら間違いなく幸せになれるけれど、どっこいここはそんな確約のある世界じゃないんだな。だからまじめに生きて必死で恋したってハッピーエンドなんかかすりもしない可能性だってあるわけで。小説の中を生きる彼ら彼女らは小指から伸びる赤い糸の先にちゃんと運命のお相手が微笑んでいたわけですが、果たして僕の指から伸びる赤い糸の先には、愛しい未来の恋人など待ってくれているのでしょうか。そもそも、赤い糸なんか絡まってないかもしれないね。


ため息が出ちゃう。


僕だって素敵なお話の素敵な主人公を飾りたいものだ。それはそれはとっても素晴らしい将来を約束された明るすぎる道を行くがごとく、なんの不安もないんだろう。嫉妬して泣いて無気力状態に陥って夢に見るほど恋焦がれて、それでもやっぱり手に入らないなんて寂しい現実は味わわなくて済むのだろう。小指をじっと見た。お話の中に生きていたら。こんな冷たい夜を過ごす僕にだってきっと、どこかの未来であたたかい恋人を手に入れられるのに。結局のところ僕は一人ぼっちで、小説の中みたいに手を延べてくれる人なんかあらわれやしないんだ。赤い糸さん、僕の愛しい人を連れて来てはくださいませんか。僕と彼女を繋いでくださいませんか。もしも彼女の運命が僕とはちがう人に絡まっているなら、いっそ一本こっきりでふらふら漂ってる僕の糸など燃やしてしまって、僕の中の彼女をすっぱり消してしまってくれませんか。


あぁ不毛だ。運命なんか待ちくたびれちゃった。こんな幸せな話なんか、読むんじゃなかったなぁ。だって僕はひとりだ。未来もきっとひとりだ。必ず惹かれあうなんてうそっぱちだ。僕ばっかり好きだ。これから先運命の人に巡り合うって言うなら、じゃあ今のこの恋は無駄なんだろうか。ただの思い出か経験になり下がってしまうのだろうか。そんなら僕はひとりでいいなぁ、でもやっぱりひとりぼっちは寂しいので、どうせなら彼女の糸と僕の糸をリボン結びで繋げてしまいたい。


目を閉じたらひとりの夜にぐるぐる思い悩む、ラブストーリーの主人公が脳裏に描き出された。君はいいね、どんなに苦しくっても最後はちゃんと好きな人と幸せになれる。僕は、一歩先も見えないような未来を一人ぼっちで進まなきゃいけないんだ。この小指から伸びる糸の先には誰もいないって言うのにさ。ずるい、ずるいなぁ。僕もハッピーエンドが欲しい。時計の針がかちりと午前一時をさした。ライブキャスターは沈黙していて、僕の恋しいあの子からはメールの一通すら届きやしない。




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