「うぅぅ……うぇ、えっと、先月の利用者数と、えっと破損器物がー…先週からスーパーマルチが運休で、んっとそんで補充の要望…えっと……あ、やば、受付に品だし行かなきゃ…ハッ!ノボリさんにお茶淹れなきゃいけないんだった!あー……ぅ、困ったなぁ…これ今日中に終わるかなぁ……」



朝から書類業務と格闘すること5時間あまり。これ以外にも忙しい時期だからかやることは山積みで、一向に紙の山はその標高を下げてくれない。お昼ご飯もそこそこに、またもかりかりと白い紙に文字を書き込んでいく。そうだ、日誌もあるんだわたし今週当番!


「ねぇ」
「びゃっ!」


ガスッと後頭部に、何か硬くて平べったいものが当たった。い、いたいよ!涙目で振りかえると、あぁやっぱりね!ニヤニヤしながら立っているクダリさんがいる。バインダーで女性の頭を叩くだなんて、こんな暴力的なごあいさつをしやがるのはクダリさんくらいだ。いつも無理難題を押し付けてきて下さるので、わたしはこの人がちょっぴり苦手である。


「……クダリさん…な、なんですか」
「おつかい行って来て。ホドモエジムには話通してあるからジュエル受け取り、フキヨセで小包受け取り。アールナインでタウリンとインドメタシン20本ずつ買ってきて、それから」
「え、まっ待ってください!メモ取ります!」
「は?そんくらい暗記しなよ。バカだね。しょうがないなー、いい?ホドモエジムでジュエル受け取って、フキヨセ空港で小包貰ってきて。それで、そのあとアールナイン行ってタウリンとインドメタシン買ってくるの。20本ずつおねがいね。それから、ブラックシティでやみのいし買ってくる。あ、これお金だから。渡しとく。そんでそのあとヒウン行ってアトリエでキャンペーンのポスター図案受け取って、ついでにアイス買ってきて。あー、と、は……あ、そうだ、サンヨウのレストランでオーガニックのポケモンフーズ販売してるって聞いた。それも買ってきて。あと」
「えぇぇまだあるんですか!?」
「…………あと、シッポウのカフェでコーヒー豆買ってきて。16番の下さいって言えばいいから。以上」
「はい!…………いやいやいや!これ、これわたしの足で回るのはいささか無理があります、絶対無理です」
「は?出来ないっていうの?無理って言った?」


ぎろり、ポケモンバトルの時にくらいしか見られないような鋭い視線で射抜かれる。こ、こわぁぁぁ!なまじっか口もとは笑っているだけに、そのアンバランスさが余計恐怖を掻きたてる。不可能なことを無理って言っただけなのにそんなに怒ることないんじゃない!?彼が腕をすっと上げたのでまた叩かれるのかと思ってびくっと首をすくめたら、叩かれはしなかったけどむぎっとほっぺたをつねられた。いたいいたいいたいー!


「いひゃ、くひゃりひゃんいらい!いらい!」
「あ?聞こえない。まぁいいや、君が愚図なのは知ってるし、この子貸してあげる。アーケオス」


ポケットに突っ込みっぱなしだった左手には、どうやらモンスターボールを握っていたようだ。ぱかぁん!と小気味よい音と一緒に、クダリさんの手元から勢いよくアーケオスが飛びだした。もっふもふだ、かわいい!クダリさんのアーケオスは床に着地すると、フンと胸を張るようにわたしたちを見上げた。


「わぁー!アーケオス……え、でもクダリさん、この子わたしに貸しちゃったら、バトル出来ないんじゃ」
「先週からスーパーマルチ運休してるでしょ、忘れてるの。君って鳥頭」
「あ、そっか!ていうかクダリさん鳥頭ってし、しつれいな!」
「うっさいな、いいから早くおつかい行って来て!ホラ!」


アーケオスを再び戻したボールを推しつけられてからぐいぐい、事務室の出口に向かって背を押される。だがしかし、デスクの上の紙束がわたしを睨んでる。わたしはこれを消化しなければいけないのだ!


「あの、クダリさんその、ポケモン受け取ってから切り出すのもなんなんですけどその、わたし今日中に仕上げなきゃいけない書類がいっぱいあって」
「………書類?なんで…君の分は昨日受け取ったよ?」


ぱちくりと目をしばたたかせてから、クダリさんはいぶかしげに眉をひそめた。「えっと、実はそのー、自分の分は終わったから他の人の手伝おうとしたら、思ったより多く渡されちゃって…えへ」途端に不機嫌そうにぎゅっと眉をしかめ口角を下げて、彼は物凄く不機嫌そうな顔になる。ひぃぃ何で怒るの、困ってる人がいたら助け合うじゃん普通だよ!


「……ふぅん。でも僕、君がおつかい行ってくれないと困るんだけど」
「で、ですので他の人に頼んで下さ…」
「だからさ、仕方ないからそっちは僕がやってあげる」
「…ぁい?」
「荷物取りに行くのは僕できない、トレインあるしね。でも書類くらいなら駅から出ないし、やれる。貸しなよ」


ばさっとクリップで纏めた紙の束をわたしのデスクから取り上げて、クダリさんはさっさと自分の椅子に座ってしまった。カチ、しゅるしゅる、ボールペンで文字を書き込む音がする。えぇ、いいのかこれは。


「何ぼうっとしてるの、早く行って来てよ」
「あっ、ははははい!」


ぎろりん、三白眼で睨まれた。やっぱクダリさんちょっと怖い!








受付への品出しとノボリさんへのお茶出しを済ませてから、言われたとおりにホドモエでジュエルの入ったボストンバックを受け取り(黒いバッグにぎっしりの宝石って、なんだかぱっと見は強盗みたいだ)、フキヨセで小さい小包を受け取り、アールナインで10本パックになっているタウリンとインドメタシンを2セットずつ購入。ブラックシティの暗くて怖いお店で(でも意外と店員さんは親切で優しかった)やみのいしをお買い上げし、ヒウンのアトリエでポスター図案を受け取った。アイスは1ダース売りしていたので(かなり並んだ)ちょっと重たいけど12個買って、サンヨウのレストランでオーガニックなんとかフーズって名前の仰々しい(しかもやけに高い)フーズを購入。へろへろになってきたのでシッポウのカフェでこっそりアーケオスと一休みした。と言っても10分足らずだけど。だってもう夕方というよりは夜で、そろそろお茶の時間とは言えない。それに仕事中だし、クダリさんに呆れられちゃうもの。その後、クダリさんに言われた通りのコーヒー豆を500g買った。サービスでクッキーをくれたので、いっぱい飛んでくれてありがとうのお礼にアーケオスへあげる。ぎゃーう、って嬉しそうに鳴いてぽりぽり食べてたから、喜んでくれたんだと思う。重たい荷物を抱えてギアステーションへひとっとび!


「ただいま、かえり、ました!」
「遅い。貸して」
「うぉっ!?だ、大丈夫です運べますから」
「フラフラ危なっかしいんだよ、落とされたらたまんないし。………ん、全部回収できたね。お疲れ」


ぽん、ってちょっとだけ頭をかすめる程度に撫でられた。べしっとはたかれるんだと思ったからびっくりして、思わずクダリさんの顔をガン見してしまう。


「……………何」
「いえ…」


ぎらりとした視線で見返されたので急いで目を逸らす。くそぅ、一瞬優しいのかと思ったわたしがバカだった怖い!


「あ、そうだ。書類はちゃんとやっといたから。日誌も」
「へぁっ!?え、全部?全部ですか?」
「当たり前じゃん。あのくらい。だからもう終わりだよ、帰っていいよ。帰るよ」
「わぁー!………え、クダリさんももう帰るんですか?」


もそもそと椅子にひっかけていたコートを羽織って鞄を掴んだクダリさんに疑問を覚えた。わたしはあと15分で終わりだけど、クダリさんはその時間に一緒の上がりではなかった気がする。


「うん?だって僕今日4時までだったもん」
「…………え…………えぇー!?」
「そうだよ存分に驚いてね、僕君がおっかぶせられた書類と君ののろまのせいでこの時間まで仕事してたんだよ」
「えぇー!……えぇー!」
「うるさい」
「サーセン」


べしっとチョップされた。痛くは無かったけどいきなりだったからびっくりした。えぇぇ、ホントにクダリさんわたしのせいで退社時間延長というか、残業させてしまったのだろうか。それはすごく、申し訳ない。


「あのー……あの、クダリさん?その、すいませんでした…」
「うん?あぁ、別に。代わりにおつかい頼んだの僕だし」


……そういえばそうだよね。


「あんなのぶっちゃけ自分でも出来たけどね、君が大量の仕事おしつけられて右往左往するの見たかった」


おい今この人なんか酷いこと言ったぞ。え?なに?まさかただの嫌がらせでわたしにおつかい行かせたの?


「じゃあ自分で行けばよかったじゃないですか…わたしは十分書類の山のせいでであたふたしてました」
「は?何言ってるの?」


すっかり帰り支度の整ったクダリさんが、もたもた鞄に荷物を詰めてるわたしの腕を掴んでぐいっとひっぱる。クダリさんの顔が近くなって、至近距離でニヤッと笑われた。あぁ、これ、わたしが苦手ないじわるクダリさんの顔、


「他の奴が君におしつけたので困ってるなら僕助ける。君を困らせていいの、僕だけだから」


ぱっ、腕をはなしくるりと彼はきびすを返した。顔だけで振りかえって「何してんの、はやくしないと置いてくよ。ほら」くいくいって手のひらを上に向けて指で手招きする、その姿がなんだかかっこ良く見えるなんて嘘だ!ぎろっといつもの三白眼、早口でぺらぺら言葉を放つ。まるでそう、照れ隠しのように。


「あー僕つかれちゃったなー、君の仕事代わりにやったせいでー!このお礼に何してもらおっかなー。あーそうだ、今日の夕ご飯おごってよ。っていうのはー、君の薄給では可哀想だからー、手料理で許してあげる!」
「えぇー!?」


彼の耳がちょっとだけ赤くなっているのは、きっと見間違いじゃないと思う。「ご飯のあとには、僕がコーヒー淹れて上げるよ。君が買ってきたやつね、あの豆美味しいんだよ」手招きしたままにこちらへ伸ばされてる手をきゅっと掴んだ。ぎゅうと握り返してきたそれは大きくてとても温かい。わたしを助けてくれる優しい手だ。ちょっと独占欲が強いみたいだけど。



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