「僕君が好きだよ」


にこっ、って笑ってクダリさんはそう言った。




わたしがノボリさんに恋してからもう2年くらい。すれ違ったりお喋りしたりたまに飲みに行ったりするだけで十分満たされていたし、そりゃ恋人にしてもらえるんなら是非そのポジションになりたいけれど、もし告白してダメになって気まずい関係になるくらいだったらむしろ今のままでいいと思っている。だってノボリさんはあんなにきれいな人だし、きっと女性経験も豊富だ。わたしなんかを選ぶメリットもないし、それにもしかしたらわたしが知らないだけで彼女がいたりするのかも、しれないし。告白してお断りされたとしてもノボリさんは急に冷たい態度を取るような人じゃないとは思っているけれど、やっぱり好きな人から拒絶されるのって、怖いし。高校生じゃあるまいし年上の男性に淡い憧れだとか、自分でもあきれちゃうくらいだけど、このままでいいのだ。こっそり自分ひとりの胸に収めておこう。と、思っていたのだが。


「………えぇーと…」
「あ、別に付き合ってって言ってるわけじゃない!君のこと好きだから、好きって伝えたかっただけ!」
「え、えぇぇ?」
「黙って見てただけでもいいかなって思ってたけど、なんか今ふと大好きだなーってすごく思って、だから伝えたくなった!それだけだから、気にしないで」
「え?えぇ?」
「ていうか君ノボリ好きでしょ?」
「えぇぇ!?なっなっ」


あれぇぇおかしいな!今クダリさんがわたしを好きって話をしてたんだよね!?何でわたしの好きな人の話に、ていうかどうしてわたしがノボリさん好きってバレてるの!


「見れば分かる。……ノボリに告白しないの?」
「し、しませんよ」
「なんで?」
「なんでって!」
「あ、君ももしかして見てるだけでいいやとか考えてる?」
「うっ…」
「だめだめ、好きな人には好きって言わなきゃ伝わらない」
「別に伝える気とか…ないです、から………あの、ほっといて下さいそっとしといて下さい」


ぼすっとクダリさんはソファに腰を落とした。それからぽんぽんと自分の隣を軽く叩いて、わたしに座るよう目で要求する。…何だよぅ、何で告白された相手に他の人の恋愛相談なんかしなくちゃいけないの…!


「いーい?好きって思ってるだけじゃ意味ない」
「意味ってなんですか…別にだから、付き合いたいとかじゃなくて」
「別に僕だってキスとかセックスの為に好きって伝えろっていってるわけじゃない」
「きききき、せっ……!」
「好きってその人のこと大事に思ってますよってことでしょ。あなたの支えになりたいってことでしょ」
「……まぁ、そうですけど」
「じゃあ伝えるべき!好きだから、いつでも頼ってねって言う!それが大事!」
「ていうかクダリさんだって……」


わたしのこと今までは見てるだけでいいやって思ってたんでしょ、好きって言ってくれなかったじゃないですか。そう言おうとした言葉はすんでのところで飲みこんだ。だって自意識過剰みたいで恥ずかしい。


「うん?僕だってって……あぁ、今まで君が好きって黙ってたこと?」
「……そです…」
「うん、まぁいっかなーって思ってたからね。3年くらい」
「3年!?」
「何。おかしい?」
「い、いえ…」


好きって言われた時もどきっとしたけど、ナンパみたいに軽いノリなんだろうなって思ってた。のに、3年っていう言葉を聞いて、急にクダリさんのさっきのセリフが真剣味を帯びたように感じてしまった。3年。3年かぁ。


「君はノボリを好きになってどれくらいなの?」
「2年、くらいです…」
「わぁ。長いね。真剣に好きなんだ」
「クダリさんの方が長いじゃないですか…」
「うん。僕真剣に好きだよ君のこと」
「……………………うー」
「あ!あれだよ?長いこと好きでいたんだから君も好きになってとか女々しいこと言ったりしないからね?無理矢理押しつけることなんかしないからね?」
「うぅ」
「そっかぁ、2年かぁ。ずっとひとりでナイショにしておくの、辛かったね。よしよし」
「…………クダリさんは、辛かったんですか?」
「…僕?僕は…」


ぼくは、そんなに辛くなかったよ。最初はちょっとドキドキしたりちくちくしたりしたけど、段々君のこと好きでいるのが当たり前みたいになって、まぁちょっとだけノボリに嫉妬もしたけど、それも含めて普通のことになっちゃったからね。
座高はクダリさんの方が高いから、隣に座ってわたしの頭をよしよしと撫でる彼の顔を見上げる形になった。撫でる手のひらごしに見たクダリさんの顔はいつも通りにニコニコ笑ってたから、多分その言葉は嘘じゃないんだと思う。


「………何でノボリさんに告白しろって言うんですか?…その、わたしのこと好きなんでしょ?クダリさん」
「好きだよー。愛してるよ?」
「うぅ……だ、だったら、他の人に取られないようにするとか、そういうこと考えるものじゃないんですか?」
「言ったじゃない。だって僕君のこと真剣に好きなんだよ、君に頼ってもらいたいし、君がやりたいことを応援したいんだよ」
「…………本当に?」
「…うーん、ちょっと嘘かな。本当はノボリのとこ行って欲しくない。あんまり」


ぎゅうぅ、ってクダリさんはわたしの頭を抱きしめた。どきどき心臓の音が聞こえる。よくこうやってぎゅうってされるけど、クダリさんがわたしのこと好きって言うから、何だかこの行為の意味が普段と違うものみたいに思えて、緊張した。


「でもやっぱり君の力になりたいから、僕君のこと応援するの」


ぱっと離れて「ねっ」って笑ったクダリさんは少しだけ寂しそうな、でもどことなくすっきりした顔をしてる気がする。


「フラれちゃったらさ、僕が何回でも慰めてあげるから」
「…きっと成功するよとかは言ってくれないんですか」
「んん、応援はするけど振られちゃえって思ってる……あ、うそうそ、成功するといいね!」
「なんですかそれ…」
「君の気が済んで、そんでもって僕のこと好きになってくれるまでずっと待ってるよ。いくらでもこうやって待ってる」
「好きにならなかったら?」
「そしたら勝手に好きなだけ君を好きでいるよ。だからいつでも頼ってくれていいよ。君以外で僕に好きな人が出来るまでね。まぁ多分ないけど」
「……………………っう……クダリさん、ばかじゃね……ですか…?」
「馬鹿ってなに!」
「ばかだぁ、クダリさん、ば、バカ、だ」
「なんで泣くの。泣かないの、よしよし、僕が慰めてあげるから、ほら。だっこして欲しい?涙拭いていい?撫でてあげようか?」


わたしはこの人みたいには生きられないなぁ、こんなに見返りも求めないで好きって言えないなぁ。ばかだなぁ、クダリさん。クダリさんがばかすぎるせいで泣いちゃったじゃんか、どうしてくれるの。わけのわからない、好きって言ってくれる人がいる安心感なのか、それともクダリさんみたいになれない寂寥感なのか、ごちゃごちゃ混ざって涙が止まらないよ。「君に頼ってもらえるのが嬉しいから、僕が、君に優しくしてるの。僕の為なの。わかる?」白い手袋にわたしの涙を吸わせて困ったみたいに微笑みながらクダリさんは言った。「いつでも君の後ろ盾になってあげる。悲しい時は慰めてあげる。頼ってよ。ノボリのこと好きでもいいよ」わたしはそんな風になれないよ。



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