痛いほど感じる彼女からの視線に、気付いていないふりをしていた。わざと見せつけるように他の女性と親しげに会話してみたりして、じりじりと嫉妬と切なさの混じったようなそれを、ぞくぞくしながら知らん顔で受け取っていた。今彼女の心の中を占めているのが自分だけだと思うと、苦しいくらいの幸福感で満たされるのだ。自分でもどうかしているとは思う。けれど、もしもここで自分が彼女へ、わたくしもあなたのことを愛していますよと伝えたら、彼女はもうこの焦げ付くような熱い視線を送ってくれることはないのだろう。それではつまらない。つまらないしそう、今度はわたくしが不安を抱える羽目になってしまう。だって、もしもわたくしがあなたと結ばれたとして、そしたらあなたはもしかしたら、安心感から生まれる余裕で、他の男の視線に気付いてしまうかもしれないではないか。余裕なく自分だけを見つめていてほしい。他の男のことなど見なくていい。わたくしの一挙一動に不安がって嫉妬して切なさに心を焦がしてほしい。わたくしがあなたを見ない限り、あなたはわたくしだけを追い続けてくれるでしょう?今日も彼女から送られる焦がすような熱い視線に、気付かないふりして目もあわせない。




もう疲れた。だってノボリさんは私のことなんか見てないんだ。今日もふとした拍子に目で追ってしまった彼の姿、相変わらずわたしの視線には微塵も気付いていないみたい。好きな人と7秒間目があったら両想いなんだって、なんて噂話に夢中になったのはいくつのときのことだろう。7秒どころか、視線が絡む事すらない。疲れた。好きでいるのやめたい。なんであんな人好きになっちゃったんだろう。見返りを期待して彼を好きになったんじゃないけど、それでもやっぱり少しくらい好きな気持ちを彼からももらいたい。コーヒーを飲んでるノボリさんの背中を、ひっそりとしたため息をつきながら見つめた。もうやめたい。やめたい。




ソファの背もたれに体を預けて、ぼうっとノボリの背中を眺めてる彼女を見ていた。ねぇもうやめちゃえばいいのに。君の気持ちに気付いてるクセして焦らして楽しんでるサイテーなノボリなんか諦めちゃえばいいのに。君がノボリのこと好きなのよりも多分ずっと、僕は君のこと大事に思ってるのに。どうして僕の気持ちには気付いてくれないんだろう。ノボリのことばっか見るのやめて。僕のことも少しは見て。僕ごしにノボリを感じないで。ノボリより僕を優先させて。ノボリより僕を好きになって。僕を愛してよ。






何故だか今日は彼女からの焦げるような視線を感じない。同じ部屋で休息を取っていても、親しげに女性と話していても、なにも。あまつさえソファに隣り合ってクダリと座り楽しそうにお喋りなどしていて、どういうことだ、まさかクダリと?気が気じゃない。ちらちらと制帽の下から落ち着きなく見つめても、結局その日いちにち、彼女と視線が絡む事はなかった。




諦めよう。そう思った。だってノボリさんは私を見てくれることなんかないのだ。これ以上自分を好きになってくれそうにない人に焦がれていたって寂しいだけでしょう。いいんだ。もういいんだ。すぐには忘れられないかもしれないけれど、ゆっくり少しずつ、気持ちの整理をつけようと思う。手始めに、ノボリさんを見ることを意識的に止める。思わず彼の背中を追ってしまう目を、無理矢理閉じて小さく深呼吸する。大丈夫。忘れられる。いつまでもあなただけを見ているなんて思わないことだ、光をくれない太陽だったら崇めたてるだけ無駄だって知ってるんだから。心の中で呟いた。まぁ、ノボリさんはわたしが彼の事を好きだなんて知らないのだし、本当にただの負け犬の遠吠え見たいなものだけど。




ノボリを追わない彼女の目に気付いて、期待しないわけがなかった。何も知らないふりしながら彼女の隣に腰を下ろす。にこっと笑うその表情が、まだ僕を通して少しだけノボリの影を探しているのには気付いた。けど彼女はもう、どこかふっ切れたような顔をしている。じゃれつくように抱きついたらやめてくださいよーって笑いながらぺたぺた胸を叩かれたけど、君がちょっとだけ泣きそうに目をぎゅっと瞑ったのがわかった。ぎゅっと一瞬だけ少し強めにその頭を抱き込んで、すぐはなしてからいいこいいこって撫でてやる。ポケモン扱いしないで下さいよって笑う彼女に内心舌舐めずりしたのは秘密。はやく僕に落ちておいで。君に捨てられたってノボリが気付いちゃう前に、君のコトでろでろに甘やかして僕から一生離れられなくなっちゃうくらい依存させてあげるよ。



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