例えばわたくしが明日死んでしまったとして、そしたら彼女は泣くだろうか。泣かないような気もする。平然とわたくしの葬式に出てわたくしの死骸に手を合わせて少しだけ遺影を見つめてやはり弟の方と似ているなぁだとか片方しかいないからもうどちらがどちらかだなんて考えることもなくなるなぁだとかそういえば家を出るときに窓は締めてきたっけかなぁだとか今日の夕食は何にしようかなぁだとか、いかにも日常らしいことしか考えないに違いない。そうですかわたくしは夕食のメニューと同じ程度の存在ですか。空想の中の彼女があろうことかカップ麺にお湯を注ぎ出したので、見えない手でそれをもぎ取って放り投げた。あー!と叫んでどこかへ飛んで行ったカップ麺の行方を恨めしげに見やる脳内住み・8センチくらいの彼女の頬をぷすぷすと突っつくと、うざったそうに眉をしかめられた。せめて肉じゃがレベルくらいにして下さい、カップ麺と同等に扱われる自分だなんて嫌ですよ。まぁ全部わたくしの妄想の中の話であって彼女はわたくしの葬式のあとにカップ麺をすするかどうかなんて知らないし人の葬式中に夕食のメニューを考えるような人かどうかなんて分かるはずもないしわりかし近しい人が死んでも涙を流さない人かどうかと言うのもわかりようがないしそもそもわたくしはまだ生きているわけで、結局この想像に費やしたわたくしの11分と37秒あまりは全て無駄な時間なわけである。冬の冷気にその身を冷たくひやしている金属製の腕時計の文字盤をぼんやりと眺めながらそう思った。


「ノボリさん!!」
「え…………あ、ぐッ」


彼女の腕が見事にわたくしの首へキマッたので、あやうくオチてしまうところであった。勢いのままに後ろへ倒れ込み尻もちをついてしまう。痛い。痣が出来ないか心配である。尻に痣のあるサブウェイマスターだなんて格好がつかないにも程がある。若干涙目になりかけたが患部をさする事もできない。なぜならサブウェイマスターが尻を押さえて悶絶している所など挑戦者はおろか部下にだって見せたくないからだ。つまるところわたくしはプライドの塊であって、たとえ尻に見事な青あざが出来ようとも涼しげな顔で指差し確認していなければならないのだ。みっともない姿でごろごろ転がるのなんて、自室のベッドの上くらいでいい。いや別に厭らしい意味ではない。などと下らないことを考えていたらネクタイをがっつり掴みあげられて説教された。あああああんた何危ない事してんですかノボリさん、白線の内側にお下がりくださいってあなた自分は人に言うくせに、そのコートただでさえばさばさして危ないんだからあんなギリギリに立ってたら巻き込まれちゃうかもしれないでしょう!ていうか巻き込まれますやめてください!血の気の引いた、と言わんばかりに青くなってしまっている彼女の顔を見返してふと、この人のいる限り自分は事故なんかでは死ねないだろうと思った。通過していった列車の風圧で吹き飛ばされた二人分の帽子が線路に落っこちているから、あとで取りに行かなくてはならない。ごめんなさいと謝ったら、それは帽子についての謝罪だったのだが、彼女は少しだけ安心したようにネクタイを掴む手を緩めた。わたくしが死んだら、この人は泣くのだろうか。試してみようとしても血相変えた彼女に邪魔されてしまうので、まだまだ先のいつか来るその時まではこの問題を保留にしておこうと思い未だ小さく震えている冷たい彼女の指をぎゅうと握りしめた。





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