「うおぉぉぉ寒い外出たくねぇぇぇそれじゃお先失礼しまーす!」
「あ、ちょっと待って下さい」
「おうっ?何ですかノボリさん」
「えー、あなた今日このあとお暇ですか?お暇でしたらその、よろしければ、チケットが余っているのですが、」
「あららすいません、今夜ははずせない用事があるんですー!」
「え」
「また今度誘って下さい!じゃ、お疲れさまでしたー!」
「あー、あのねノボリ」
「…………クダリ」
「あのね」
「飲みに行きましょう」
「ちょっと聞いてよ」
「お願いしますちょっとくらい付き合って下さい飲まないとやってられませんお願いします」
「う、うーん…いいけどさ、まず聞いてよー」
「飲んだら遊園地も行きますよ」
「ええええええ……男二人で…?」
「わかりましたわたくしがスカートを穿けばよろしいのですね!」
「やめてやめてそんなの見たくないから!」
⇒のむぞ!
まったくタチの悪い酔っ払いである。ノボリがべそべそしてるのを一瞬で止める事の出来る情報、持ってるのに口をつぐんでる僕も僕だとは思うけどね、まぁ面白いからもう少し黙っていよう。
「だって……だって、まさかあれで恋人がいるなんて思わないじゃないですか……」
「うんうん、思わない」
「だから、まぁね?せめてね?付き合う付き合わないは置いておいてもね?仕事終わったら、誘おうと思ってたんですよ、なのに」
「もう少し前から誘っとけばよかったと思うよ、せめて一週間前とか」
「嫌ですよそんなのがっついてるみたいじゃないですか、というかあれに彼氏がいたならわたくしがクリスマスに誘ったって迷惑なだけじゃないですか、そんなのみじめじゃないですかぁぁぁ」
「そういうもんなの?」
「そうですよぉぉ、ッグス」
「あの子が今一緒にいるのが彼氏かどうかなんてわかんなくない?友達かもよ?」
「………友達?」
「そーそー」
「今夜空いてないんですぅとか言う予定の相手が友達……?ありえません、ありえませんよぉぉ」
「あー、あのねぇノボリ」
「うぅぅぅぅぅッスンスン」
「…………」
「芋焼酎ロックで。………うぇっうぇっズビ」
「まだ飲むの……」
「くすんくすん、飲みます」
「ノボリうざっ」
「うざい!?」
⇒もういいでしょ、それ飲んだら遊園地行こうねホラ
クダリが不機嫌です。えぇ、わたくしが泣きながら絡んでいるのが悪いのでしょうがね、今日くらい良いじゃないですか。ちょっとくらい泣かせて下さいまし。きらきらネオンを瞬かせてゆっくり回る大きな観覧車が、冬の夜空によく映える。とても綺麗だ。………あ、何かまた泣きたくなってきました。失恋辛いです。
「そこのおにいちゃんっ!ポケモンバトルしよー!」
「お、いいよ!よーし負けな………………えっと、きみ、こんな夜にゆうえんち、ひとり……?おかあさんかおとうさんは?」
「…………………………バトルしよっお兄ちゃん!」
「うわぁぁぁなんかごめんね!?うん、バトルしようね!バトルしよう!」
何やらクダリは園児にバトルを挑まれたようです。こんな夜中に幼い子供が遊園地、深い事情がありそうですが、わたくしは考える事をやめました。我が弟も同様に思考を停止させたようです。「いっけー!がんばれー!」ふよふよとボールから繰り出されたユニランを、クダリは即座にシビルドンで沈めました。……おいおい、そこはせめてバチュルでしょうが。
「うわー!?うわー、うわー、おにいちゃんすっごく強い!負けちゃった!」
「だってポケモンバトルはしんけんでないとつまらない!」
「しんけん!かっこいい!」
「がんばってポケモン、育てて!またいつかバトルしよ!」
「ん、わかった!がんばる!ねぇねぇおにいちゃん、かんらんしゃのろ?」
「え……幼女と観覧車はちょっと世間の目が」
「だめ……?」
「ぜっぜんぜんへいき!じゅんびオッケー!目指すはかんらんしゃ!しゅっぱつしんこう!」
「わぁーい!」
幼女を肩車して走って行きました。心配です。係員さんに止められたりしませんかね……おや、戻ってきた。
「ノボリ、ノボリもさぁ観覧車乗ったら?」
「おにいちゃんこのひとだれー」
「このひとノボリ、ぼくのおにいさん」
「おにいさんー?」
「そー。…ね、ノボリも観覧車乗ろうよー」
「でもこれ二人乗りでしょう?」
「あ、うんでも大丈夫!恋人貸し出しサービス頼んだ!今年はおひとりさまにも優しい遊園地をテーマにファンシーな恋人のレンタルを行っておりますって言ってた」
「すいません全く意味がわかりません」
「こっちこっち、来て来てノボリ」
「は……、は………!?」
「かわいーい!」
わたくしと同じくらいの大きさの、大きなミルホッグ着ぐるみがのっそりとゴンドラ乗り場に立っておりました。
「はい乗って、はい君も」
「ちょ……!!」
バン!とドアが閉じられ、無情にも地上が離れてゆきます。ひとつ下のゴンドラに幼女とクダリが乗り込むのを、半ば呆然と見ておりました。ちらりと視線を着ぐるみの人に移せば、なにやらよくわからない動きをしておりました。ミルホッグの物真似のつもりでしょうか。
⇒一周20分だなんて、赤の他人と過ごす時間にしては長すぎるでしょう
さーてノボリはどうなるかな。気になるけど、声も聞こえないし見えないし、降りてから聞けばいいよね。
「わー、すごいすごい、ぐんぐん上がるー!まわるー!」
「すごいねー!」
「ライモンシティのあかり、きれいだね!」
「そうだね!あ、そこの下のたてもの、ぼくのおしごとしてるばしょ!」
「おにいちゃんおしごとしてるの?なんのおしごと?」
「ぼくはね、しゃしょうさん!」
「しゃしょうさん?」
「うーんとね、でんしゃのおしごとだよ」
「でんしゃ!かっこいいね!」
「キミは大きくなったら何になりたいの?」
「うーんとね、うーんとね、およめさん!」
「およめさんかー!」
「およめさんがダメだったら、モデルさん!カミツレさんみたいになるの!」
「そっかぁ、がんばってね!」
「がんばる!おにいちゃん、おひざの上のっていい?」
「駄目駄目駄目駄目僕まだ犯罪者にはなりたくないロリコン駄目、絶対」
「だめ……?」
「いっ、いいよ!」
「わぁい!」
あーノボリうまくやってるかなぁ、心配だなぁ。でもそれより今は我が身が可愛い、どうかこのゴンドラ内に監視カメラとかついてませんように。いや付いてても良いけどサブウェイマスターが性倒錯者だとかいう噂が流れませんように。
⇒頑張るって何をでしょう
気まずいんですが。気まずいんですが!この着ぐるみ何も喋らないんですが!さっきからずっとパントマイムもどきをしてらっしゃるんですが!何ですかこれもうどうしろって言うんですか。何か話して下さいよ。着ぐるみのプライドでもあるんですか。無言を貫く覚悟ですか。
「あ、あのー……着ぐるみ、夏場は暑いんでしょうね」
首を横に三回。何だこれは。否定か。暑くないのか。
「あ、暑くないのですか、意外です」
クイー?と首を傾げられた。何ですか、さっきあなた否定したじゃないですか。違うんですか。
「ええと、ま、まだ夏場のお仕事はされたことがない…?」
かくかくと首肯。合っていたらしい。………面倒くさい。
「あー………あっと、わたくしは……まぁいいです」
正面の席に座ってゆらゆらと頭を振って楽しそうにリズムを取っている着ぐるみと、コミュニケーションを取る事は放棄した。会話の成り立たない相手と話そうとしたって無駄ですよね。フイと視線を投げた窓の向こうに、きらきらとしたライモンシティの夜景が広がっている。………彼女と見たかったな、だなんて、また思い出してしまった。
「………今日ね、わたくし、女性にフラれましてね」
あらら、とでも言いたげに着ぐるみが口もとをモフモフと毛羽立った手で覆う。
「本当はここに……彼女と来て。あわよくばムードにまかせて告白でもしてしまおうかと思っていたのですけど」
フムフムと顎に手をやって先を促す着ぐるみ。何でしょうか、クダリに話すよりも他人に愚痴る方が気が楽だ。
「我儘だし意味のわからない事はするし変態だし口ごたえばっかりするしで、てんで子供っぽいから………恋人などいないものだと思い込んでいたんです」
フーウ、と言うように首を竦められた。女性の扱いの分かっていない奴だと思われたのだろうか。まぁどうせもう会わない相手だし、なんと思われようが構わないか。
「今夜空いていますか、と言ったらはずせない先約があると断られましてね」
クイ、と軽く首を傾げられる。何でしょう。
「きっと恋人と過ごすのでしょう、ね……」
ゴンドラはもうだいぶ高くまで上がっていて、星がきれいによく見える。今ごろ何をしているのでしょうね、誰かと星空を眺めているのでしょうかね、ツキンと心臓が痛んだ。
「………?」
着ぐるみが首をかしげたまま硬直している。
⇒一方下のゴンドラ
ちっちゃいこって本当危険だ。
「きゃはははははははは揺れる揺れるー!!!」
「うわちょっやめてやめてじっとして」
「きゃーあはははははははは!!!」
「うわわわわわきみそんなちっちゃい体でどうやってこれ揺らしてんの!?」
「あはははははははー!!!」
『安全の為緊急停止いたします』
「えっ」
「えー?」
⇒なんてこったい
アナウンスの後がたんと一度軽く揺れてから、ゴンドラは上昇をやめた。
「おや、何が…?」
着ぐるみに目をやったがあちらも分からないようで、さっきまでぴしっと固まっていた体を座席の端に寄せ、頭を窓に押しつけて下を見ている。
「それ、見辛くないですか?」
明らかに着ぐるみのままでは視界が悪そうだ。
「取って頂いても構いませんよ?黙っておきますから」
立ってわたくしと並ぶくらいの着ぐるみである。この長身では男性だろう。男同士で観覧車というのもなかなかしょっぱいものがあるが、気にするほどでもない。ビクッと肩を震わせてから、イヤイヤと両腕を振る彼に苦笑する。仕事熱心な事だ。
「そうですか、いえ、不躾な事を申しました。あなたが嫌なら別に良いのです」
ううん……と困ったように首をかしげる。いちいち動作がユーモラスな方ですね。
ふー…とため息を吐いて背もたれに体重を預け、目を閉じる。観覧車、動くまであとどれくらいかかるのでしょうねぇ。
「の、ノボリさーん………?」
ガバッと身を起こした。
⇒えっ
ミルホッグの被り物をすぽりと脱いで現れたのはわたくしがさっきまさに振られた彼女のものでした。は、あなたどうしてここにいるんです、予定はどうしたんです、何で着ぐるみなんか着てるんです。「えーとですね、ちょっとド短期のバイトを…」ギアステーションは副業禁止ですよ、あなただったんなら会話してくれたらよかったのに、恋人と約束じゃなかったんですか、その着ぐるみちょっと怖いと思いますよ、身長どうなってんですか。言いたい事はたくさんあるがうまく言葉に出来ず、ただ口をぱくぱくと動かすだけになってしまった。「あ、これはシークレットブーツです」どうでもいいですそれは!
「あ、わ、たくしは、その」
「えーっと、はい」
「その、さっきの、」
「あーわかってますよ大丈夫です、誰にも言いませんって」
「…………は?」
大丈夫です、ノボリさんがふられちゃった話とか噂にしたりしませんから!ちゃんと黙ってます!お口チャック、しー!わざとらしく口を閉じる彼女に、珍しく本気で怒りがわいた。それと同時に何やら羞恥心もふっきれた。わかってるくせに、どうしてやろうか。
「………そう、そうなんですよ。振られてしまったんです」
芝居がかった動作で天井を仰ぐ。
「それはそれは、おかわいそうに」
「わたくし本当にショックでした。大好きで大好きでずっとその方ばかり見ていたのに、この想いに微塵も気付いてくれていなかったのかと」
「そー、ですかー」
「いっそその場で縛って犯してやろうかと思いました」
「へ、へぇー?」
「この想いが届かず他の男に奪われるくらいならせめて体だけでもと」
「あ、そうですか…」
「おやあなた、顔が赤いですが…着ぐるみ、暑いのですか?脱がして差し上げましょうか?」
「ひぎっ!いえいえ全然大丈夫です!」
「そうですか。……それで、ですね…おびえる様子もさぞかし可愛らしいんだろうとか無理矢理キスしたらどんな顔するのだろうとか泣いて嫌がっても抵抗らしい抵抗なんてできないんだろうなぁとかね、思いました」
「ソ、ソーデスカー」
「まぁ冗談ですけどね」
「ですよね!?ですよね!!」
ふぃぃぃぃとため息を吐く彼女の肩をがっと掴む。
「ヒギャー!?」
「冗談です」
「じょ、冗談ですよね!はい!もちろん!」
「冗談というのが、冗談です」
「じょ……は?…あ、動いた」
ゆるゆると回転を再開した観覧車に流れと意識を持って行かれそうになったが、グイと彼女の後頭部に右手を添えて視線を合わせる。明らかに赤く染まっている頬とうろうろ所在なさげにさまよっている彼女の右の手を確認して、内心ほくそ笑む。空いている左手でその手をとって、自分の口もとへ誘導する。ちゅっと軽く爪にキスを落としたら、ぼっと音がしそうなくらい彼女の顔が真っ赤に染まった。いつもこちらが振り回される側であっただけに、この反応は新鮮である。
「ノッノボリさん今日何かへんですよっ」
「長い事おあずけ食らっていたもので、もう我慢も限界なのですよ」
「ひぃぃ我慢とかなに言ってんですかぁぁぁ」
「このゴンドラが天辺へ着くまでに選びなさい。わたくしの恋人になるか、」
「な、なるか……?」
「………今ここで美味しく頂かれるか」
にたり、自分でもわかるくらい悪人ヅラで微笑んだ。あわあわと青くなったり赤くなったりしている彼女の両頬に手を添えて、すっと耳元に唇を寄せる。
「じょうだん、ですよ」
努めて優しく聞こえるように囁いた。びくっと肩を跳ねさせたあと、ほぅと力が抜けた彼女の、その耳朶へかぷりと噛みつく。再びビクリと硬直した肩をなぞってニヤッと笑う。どちらにしろ、あなたに選択肢なんてあるはずがないのだ。
メリークリスマス、せいなる夜をお過ごしください
⇒それで結局どうだったの
「え………やっちゃった?」
「やっちゃってないですよ、失礼な。あなたじゃあるまいし」
「僕じゃあるまいしってどういうことなの。……まぁよかったよ、僕らの隣のゴンドラがR-18展開にならなくて……」
「もう少し観覧車が長く止まっていたらどうだったか分かりませんけどね」
「分かりませんけどねじゃないよバカノボリ」