とろりとした夜の空気はなまぬるくて、けれどもそれは不愉快な温度じゃない。川端に列を作って生えている木々の枝にかかるようにさめざめとした月がぽつりと出ている。真っ黒な背景にひとりそっけなくて冷たくて凛としてて、他を寄せ付けない感じ。今日の月はどこかさびしい。風に揺れてこすれる葉の音と水の流れて行く音、虫の声、まどろむような大気の中を何処へ行くともなしに歩く。目的なんかなくって、ただこの夢のなかにいるような感覚を楽しみたいだけ。脳みそも働く事を放棄しているようで、僕が今考えてる事って言ったらせいぜい、腕からやる気なく下げているビニール袋へ無造作に突っ込んであるチューハイ2本が、このままだらだらと歩いていたらあたたまってしまうなぁとか、くだらないことばっかりだ。コンビニの冷房は涼しいけれど外に出る瞬間がつらいよねぇ。袋しゃかしゃかいってうるさいなぁ。お酒ぬるくなっちゃうなぁ。何で僕こんな時間にチューハイなんか買いに行ったんだろうなぁ。虫の声いいなぁ。そのくらい。


「……ノボリはチューハイよりビールだっけ」


やっちゃったー。いや別にノボリの為に買ったんじゃないからいいんだけど。ほら、コンビニ行って自分の分だけお酒買って帰るのってなんかいじわるかなって思ってね、うん。あー、これ僕ひとりで2本かぁ…量は別に全然ダイジョーブだけど。なんかわびしいねぇ、ノボリいるのにひとり酒。この歳で兄弟と缶チューハイってのもなかなかさびしいけどさ、別の意味で。


「……つまんないなー……」


つまんないなー、つまんないなー。つまんないのかな。これつまんない、なのかなー。どっちかって言うと、むしろ、


「クダリさんー!やっぱり!」
「え?」
「へっへー、こんばんは。お散歩ですかー?」
「あ、ああ、うん」


あ、びっくりした。びっくりした!誰かに会っちゃうなんて思ってなかった。こんな時間にねぇ。


「お、クダリさんも何か持ってるー。お酒ですか?ちなみに私のこれはお酒です!いっひひ」


何がおかしいのかへらへらと笑ってビニール袋をぶらぶらさせる彼女は、…多分、酔ってる。


「きょーおはね、何か誰かに会えそうな気がしてー、そんでちょっとコンビニ行ったんですよぉー。うっふー、そんでレジのおねーさんが美人だったから缶ビールとチューハイ買ってー、途中の公園でビール飲んでー、チョロネコ見つけてナデナデさせてもらってー、そんでそんで、さっきクダリさんが通りかかってきたのでハローハウアーユー?」
「ビール一本でその酔いっぷり…君アルコール駄目だった?」
「何言ってんですか、私おさけ強いですー。ただちょっとコンビニ行く前にもひとり酒盛りしてたから酔いがね、ちょっとね!」
「何本開けたの」
「ほんの3、4本です!」
「…飲み過ぎ!」


なんてこと、完全に飲んだくれじゃないか。未だへらへらへらへら笑ってるこの子、間違いなく明日二日酔いで酷い事になるよ。


「だってねー、月があんまりきれいだったから思わずですねー」
「月身酒もいいけどほどほどにしなよ」
「気付いたら空き缶がテーブルの上に転がってたんです、しょうがないんです」
「しょうがなくない、馬鹿たれ」
「あいて、でこぴんひどい」
「僕当ててないでしょうが」
「ノリですノリ!」


うっふー、うっふー、くすくす。楽しそうに笑う彼女が何だかおかしくって笑いがこみ上げてくる。中身のない話をしながら差し掛かった橋の上で欄干に背を持たれさせて、彼女はすっと空を指差した。


「ほら、ほら見て下さいクダリさーん。月、めっちゃ綺麗ですよ。とろっと溶けちゃいそうだけど冴え冴えしてるっていうかー、あれおつまみにしたい。肴的な意味じゃなく食的な意味で」
「…ほんと」


川端に列を作って生えている木々の枝にかかるようにぽったりとした月がぷかりと浮いている。目をこらさなければ見えないような微かな星々にかこまれて優しげでであたたかくてとろんとしてて、みてるだけで心を落ち着けるような。


「かんぱーい!」
「あ、ちょっとまだ飲むの!?」
「これで最後ですからぁ」
「もう…」
「クダリさんも飲みましょーよぉ、それおさけでしょー?まさかジュースじゃないですよね?」
「……………………、っは」
「ヒョーウいい飲みっぷりですなー!」
「…ぬるい」
「ぶっふふ、我慢です!あー月きれえー」


水面に映ったゆらゆら揺れる月と空に浮かんでる月と、どちらもきらきらとしていてすごく綺麗。水の流れに従ってキラリキラリと光のちらつく様が幻想的で、夢の中にいるみたいだ。


「…今日の月、ほんと、とっても綺麗だね。僕こんなきれいな月は初めて」


じんわりとアルコールが回っていく感覚、心地いい熱にうかされるみたいな。変だな、僕こんなちょっぴりのお酒で酔うはずないんだけど。空になった缶をビニール袋につっこんで2本目のプルタブを開けた。カシュッとかすかな音が響く。


「そうですねぇ、」


私もこんなきれいな月初めて見ましたー。そんな事言いながら缶を傾けてる彼女の髪にも、目にも、爪にも、まつげの先っぽにも、月の淡い光がキラキラ輝いている。綺麗だな。ずっと見てたいな。彼女の頬に手を伸ばした。純粋にその光をもっと近くで見たかっただけ、それだけ。


「………あー君お酒くさい」
「勝手にしといてそれですか…」


今日の月がこんなに綺麗なのがいけない。





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