普段は髪なんていじらない。でも今日はワックス使って20分格闘してみた。立たせてみたりハネさせてみたり前髪を半分だけ流してみたり、まぁどうやってもこの強靭なもみあげだけは変化なかったけど。どうなってるのこれ、我ながらすごい。形状記憶合金みたいだ。で、やっときまったー僕カッコいーって思って気を良くしていたのに、帽子をかぶったら即ぺたんこになった。ひどい。
お店で勧められるままに購入した、今人気だっていう香水。2万5千円ちょい。僕はこういうのあまり買わないからこれが高いのか安いのか正直よくわからないんだけど、お店のお姉さんがモテモテになって困っちゃうくらいですよ!っていうから、これ。モテモテは微妙に死語だと思う。あとモテモテにならなくても別にいい。あれ、何考えてたんだっけ。
動くたびにふわんと軽く立ち昇る香り、うん、なかなかいいかも。
「おはようございますクダリさん!」
「あ、おはよー」
いかにも『あれ、君いたの?気付かなかった』みたいな風を装いながら彼女の脇を足早に通り過ぎた。どうかなどうかな、わかってくれるかな、香りに気づいてくれるかな。君は一瞬目をわずかに見開いて、そのあとそれを柔和に細め笑う。
「クダリさん、香りちがうー!」
わぁ、わかってくれた!嬉しい、これは嬉しい。
「え、わかるー?」
「そりゃわかりますよ、いつもと匂い違うんだもん」
「そーう?」
「しかも今日はちょっと髪も気を使ってますね?」
「え、すごい!何でわかるの?」
「女の目をナメたらあかんですよー。これくらい出来なきゃ世の中渡っていけないのです」
「へぇー!」
「なーんてね!クダリさんだったら何となくわかるってだけです、たまたまですたまたま」
それってそれって、僕の事いつも見てくれてるからだって思っていいのかな。僕のちょっとの違いにも気付けるくらい気にかけて覚えててくれてるって考えていいのかな。
「でも私、前の方が好きでしたけどねぇ」
「え?前?僕香水なんて付けてなかったけど…」
「そうなんですか?じゃあ洗剤とか…シャンプーの匂いかなぁ、とってもいい匂いで好きだったんですけど」
「んー…そっかぁ」
「あ、でもノボリさんからはあの匂いしなかったですねぇ」
「えっ?」
「クダリさんだけすっごくいい匂いしたんです、なんか」
けらけら笑う君に内心すっごくドキドキしてる。どうしよう、顔が熱い。「クダリさんのあの匂い、落ち着くんですよ、ふわふわしてて甘い匂いするの」それって、ねぇ、すっごい殺し文句だよ。
君が香水なんかより僕の匂いの方が好きって言ってくれるなら、あの小瓶はもういらないや。
バイバイ2万5千円。