「人間だったんだ」


幼い時ははやくおとなになりたかった。おとなはこどもよりも沢山たのしいことができると思っていたし、欲しいものだって何でも手に入ると思っていた。当たり前だけれど幼かった僕よりもまわりのおとなたちは沢山の知識と経験をもっていて、悩むことなんかないような気がしていたのだ。物語の中に出てくるような、完全無欠のヒーローのように見えていた。ぴかぴかの時計も、ぴしっとしたスーツも、何もかもちいさな僕の目には素晴らしく格好良いものに見えていて、それを自分が手にするころには、きっと自由で素敵なおとなの生活といものを満喫できると考えていたのだと思う。
けれど、実際にぴかぴかの時計やぴしっとしたスーツや、それだけじゃなく広い家も綺麗なタイピンもつやつやの万年筆も手に入れたけれど、年齢もとっくにおとなになったけれど、あのころ僕が夢見てたような完全無欠のヒーローになんかなれやしなかった。こどものころ考えていたほど、信じていたほど、想像していたほどにはおとなは大人じゃなくて、出来ないことも知らないことも沢山あって、悲しい事も怖い事もいっぱいあった。僕がおとなだと思っていたのは、そういう感情に蓋をするのがこどもより少しうまいだけの、ただの人間だった。
もしもちいさな僕が今の僕を見たら、つまらないと口をとがらせるんだろう。万能だと信じていた未来の自分に幻滅してしまうんだろう。


「何言ってんですかクダリさん。厨二病ですか?」


でも、そうだな。僕がもしもちいさい僕に会ったら、多分こう言うだろう。君の未来は想像してるほどカッコ良くないし強くもないけど。それでも頼れる兄弟や信頼できる部下がいて、それなりに仕事も充実してて、そして何より大事な大好きな人がいて、僕は毎日とても幸せだよ。これから嫌なことも辛いことも、たくさん君は会うだろうけど。でもそれ全部僕なら越えられることだから、僕には出来ることだから、頑張って負けないでへこたれないで、おとなになってね。


「クダリさん、目の焦点が合ってませんよ。大丈夫ですか?」





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