「クダリさんクダリさん!」
昼食を摂り終え休憩室のソファで緑茶の入った湯飲み片手にぼーっとしていたら、楽しそうだが厭らしい笑みを浮かべつつ彼女が駆け込んできた。ニマニマと悪戯を仕掛ける子供のようなその笑顔を横目にズズズと一口熱い液体をすする。
「あのですねー、私ノボリさんと付き合うことになったんですよー」
ちらっと壁掛け時計に視線をシフトさせる。丸い文字盤の下半分、数字の6と針の付け根の間は四角く切り取られていて、そこに表示されているデジタルな数字は4と1。また一口緑茶をすすった。
「結婚を前提にお付き合いして下さいとか言われちゃって、その顔がすっごい真剣だったからときめいちゃって、私でよければって言ったらキスされてー、めでたく恋人誕生!です!」
ニヤニヤ笑いながら「ねークダリさぁん、どう思いますかー、クダリさんのお義姉さんになるかもしれませんよ私!ぷぷ」などと尚もつらつら吐き続ける彼女を眺めながら、口もとを隠すように唇へあてていた湯飲みをローテーブルへ置いた。
「ふぅん、そう。ところで」
「何ですか?」
「エイプリルフールって午前中しか嘘ついちゃいけないって知ってた?」
「えっ!」
「それとねぇ、僕、クダリじゃないよ」
「はい?」
「わたくしノボリでございます」
「ええ!嘘だ!…あ、嘘か。そっか、今の嘘ですねクダリさん!エイプリルフールだから嘘ついたんですね!あーびっくりした、騙された」
「嘘ではございませんよ」
「嘘だあー」
「わたくしがお分かりにならないので?」
「うーん…ノボリさん、ですねー。えっとあの、顔近いです」
「はいそうです、わたくしノボリでございます」
「いやそうですじゃなくて、顔近いですってば。えっ、でも午前中だけってのは嘘でしょう?」
「本当です」
「…それも嘘?」
「いいえ、嘘は申しておりませんよ」
「えぇ、じゃあホントに嘘ついていいのは午前中だけなんですか?」
「はい」
「…本当ですか?」
「本当ですよ」
「あー…午後なのに嘘ついちゃってごめんなさい。知らなかっただけなんで許してくださいね!」
「いいえ。嘘をつかれたこと、わたくし許せそうにありません」
「心狭い!ノボリさん心狭いですよ!」
「許せません。嘘をつくなど言語道断でございます」
「うっ…すいませんってば」
「嘘つきは舌を引っこ抜かれて地獄行きでございますね」
「ノボリさんだってわざわざクダリさんの制服着て私を騙したじゃないですかー!」
「知りません。あなたが勝手にわたくしをクダリだと勘違いしたのでしょう?」
「口調までクダリさんの真似してたくせに!」
「記憶にありません」
「嘘つきー!ていうか嘘つきは地獄におちるって…ノボリさんかわいいですね」
「地獄だなんてお可哀想に」
「聞いてます?」
「しかしわたくし非常に慈悲深い人間です」
「そこ普通自分で言いますかね?」
「ですからあなたが嘘つきになってしまわないように、先程の嘘、全て本当にしてしまいませんか?」
「……ウソ??」
さあて、どっちでしょう。