「…お茶、淹れましょうか、」


休憩室に入ってくるなりむすっとした表情のままだんまりを決め込んでいるノボリさんと二人っきりなのが居た堪れなくて、二分ほど彼の動向をうかがった後、観念して口を開いた。今日のノボリさんは何だか機嫌が悪い。いつもなら挨拶くらいはちゃんと返してくれるのに。部屋の真ん中、私の座っている一人掛けソファとはローテーブルをはさんで真ん前、に置かれた三人掛けのそれへどさりと倒れこむように体を預けて天井を仰いだまま、この人はぴくりとも動かない。瞬きすらしない。


そろりとソファから立ち上がって、ノボリさんの背中側にある給湯室へ入った。ちらっと眺めてみたら、相変わらず彼にしてはだらしない気がする体勢で不満げに天井をにらむノボリさん。…何なんだろう。私なんかしちゃったかな。怒ってるのかな。
コンロの上に置きっぱなしになっていたヤカンを手に取り蛇口をきゅっとひねって水を注ぐ。がぽぽと一秒か二秒こもった音が響いて、そのあとだんだんと水位を増すヤカンの中身。つーと流れ落ちる透明な円柱形をぼーっと見ていたら、何だかノボリさんが不機嫌だとかどうでもよくなってきた。そろそろ二人分のお茶には丁度いい水量かな。もういちどきゅっとコックを回して水を止めた。入れたぶんだけ重たくなったヤカンを意味もなく両手で持ち直して、それをコンロにのせようと、シンクより給湯室の入口近くにあるコンロへ目を向けた。そしたら心臓がびくっとはねた。だって音もなくノボリさんが自分の背後に立ってたら、そりゃ誰だって驚くと思う。


「ノ、ノボリさん…」


いまだぶすっとした表情のノボリさんは、腕を組みながら給湯室の壁に背を預けている。だけれど帽子の下から覗く両の目は、その剣呑な彼の雰囲気とは裏腹に、若干ぼけっとしている、よう、で?
オロオロ視線を彷徨わせた挙句、まずは両手を塞ぐヤカンを火にかけてしまおうと考えて、やっとそれをコンロへ置いた。背後からビシビシ突き刺さるノボリさんの視線を感じながらも、点火すべくスイッチに指をかける。はずだった。その数瞬前。

「ぅわ」

私の行動を制するようにノボリさんの、手袋に包まれた大きな手が添えられた。いきなりだったのもありぎょっとして振り向こうとしたら、のそりと私の背後からもう一方の腕がのびてきて視界に入った。多分これ私は背中に覆いかぶさられてるような状態だと思う。ちょっと重たい。彼はその窮屈な体勢のまま、私の指が離れた点火スイッチに手を伸ばす。カチチチチ、ボッという音の後、ヤカンの下で揺らめく青い炎を確認して、ノボリさんはまたのそっと私から離れた。正確には多分コンロから離れたという感覚なんだろうけど。


わたくしはコーヒーがいいです。ぼそぼそと呟きながら給湯室を出ていくノボリさんが何だかとてもおかしくなって、思わず小さく笑ってしまった。






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